〜慣れてきた日常と死神の仕事〜
赤ずきんが木苺を採りに来ると、狼は必ず付いて来る。
「木苺ももうすぐ終わりかしらね。明日はたくさんジャムを作らなきゃ。」
赤ずきんは籠に、溢れるくらいに入った木苺を重そうに抱える。
「もう来なくなっちゃうのかな?」
「私、明後日には来るわ。」
声は直接届かない。
だが恋と直感がふたりを繋ぐ。
たったひとつの木が、全てを遮りふたりを守る。
「俺、みんなが来るの待ってるよ。」
あっという間に時が経ち、木苺は終わりを迎えようとしていた。
狼は赤ずきんは本を教訓に、話す事も、触れる事も、会うこともせずに、同じ木に寄りかかり、空に向かって独り言を呟く日々を送っていた。
それでも楽しかった。二人の声が森に響き、いつも笑い声が聞こえた。
ピヨ助も他の動物も笑っていた。
水晶玉を覗く神々も。
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「さてと」
シの神は静かに走り、オオカミが兎を捕まえた芝生のところを虫取り網で叩き、空の網を大事そうに見つめる。
「よっと。…怖くないぞ兎。居心地が悪くても大人しくしてろ。」
オオカミは物音に気付き、殺した兎を木陰に隠して音源に向かう。木の裏に隠れ様子を伺う。
「成仏した前死せる運命の兎よ。安らかに眠り、生まれ変わりたまえ。」
風が一度シの神を中心に、わっと吹く。
虫捕り網はいつも間にか、ただの木の棒に変わっていた。
「…ところで、おめでとう狼くん。」
「俺?」
突然振り返り、目があったシの神に対し、狼は自分を指差し、間抜けに聞く。
「そうだよ。哀れな狼の少年。お前は今やっと千の命を殺めた。生きるためとはいえ、罪深いことだ。最も宿命なのだから仕方ないとも言えるがね。」
相変わらずポカンと突っ立ったままの狼は、突然指を折り何かを数え始める。
シの神はそんな狼など見ず、たまたま木にいた虫と世間話を楽しんでいる。ただ、あまりにも小声で、誰にも内容は聞こえない。
「!…もうそんなになるのか。」
どこか遠いところを見て、オオカミは独りたそがれる。
「それにしても、よく数えてましたね。…っていうか、誰ですかあなた?」
「ん?ハハハハっ!」
シの神は虫との話をやめ、賑やかに笑う。
「狼族は口が固いようだな。私はシの神だ。この世の生き物を見守る四大神の一人だ。生き物の死を任されている。」
高らかに言うシの神を、狼は珍しい物を見たように見つめる。
「そういうわけで、狼くん。君は今、生死の境に直面しているんだよ?わかっているかい?」
オオカミは急に近寄ってくるシの神に戸惑う。
「なに、死ぬと決まった事じゃないさ。みんなが平等にやっている事だ。肉食動物は特に。簡単な試験だよ。」
「し、試験!俺、全く勉強できないよ。」
狼は手と頭を高速で振る。いつか取れそうな気がして、こちらが不安になるような光景だ。
シの神も同じだった。
水晶玉を見ていたイロの神やハニの神、ホヘトの神も。
シの神はどうにかやめさせようと、神経を総動員して冷静さを保ちながら聞く。
「最高点は?」
「50点!」
狼は振るのをやめ、嬉しそうに言う。
「何点中の?」
「…200点…」
悲しそうに、下を見てボソッと呟く。
「最低点は?」
「言いたくないっ。」
狼は慌てたように横を向いて言う。
「神の世界では落第だな。まあいいさ。君がやるのは実技だよ。君の一番大切な物を持ってこい。」
実技と聞いた瞬間身体をシの神に向け、全身でやる気を示す。だが、試験の内容を聞き意味不明とばかりにシの神の顔をまじまじと見る。
「……。」
シの神はこの初めての試験内容が、バレたのではないかと焦る。冷静さがだんだんと消えていく。
「簡単な事だろう?」
「本当にそれで俺は助かるのか?」
「もちろんだよ。」
「呪いは解けるのか?」
だが狼の真剣な表情に、無用な心配だったと気づく。
「保証はできない。だが、結果によれば可能だ。ただし、嘘をつけば…どうなるかわかってるね?私はここに連れてこいと言ったが、その後どうなるかはわからない。それでもやるか?」
「やるさ。」
シの神は狼がどれだけ赤ずきんを大事にしているか、実感した。だがシの神は、幼少期から頭がいいと言われていたが、なぜ狼がここまで赤ずきんを大事にするのかわからなかった。どうも解せない。
「それではまたちょうど一月後に、ここで。」
イロの神とハニの神の言う“恋”とかいうもののせいなのだろう、と片付け、その場を後にした。
残された狼は軽く手を振って、いつもの木陰に腰を下ろし考える。
「俺の一番大切なもの。一番…大切なもの。大切な…。なんだろ。」
狼はこの後、この答えを探すのに半月の時間をかけた。当然、狼はこの間にも森には訪れていたが。