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金髪に紫色のパーカー、あからさまな校則違反の二つ重ね。知らないとは言えないし、よく知っているとも言えない程度には知っている。なんせ二年連続同じクラスだ。
言葉を交わしたことは多分一度もない。
泡音つるぎというクラスメイトは、クラスメイトというよりもお客様といったような扱われ方をしていた。
俺みたいな半生な非優等生とは違って、しっかりと火の通った不良だ。授業中に失踪するし、誰かと話しているのを見たこともない。
茨乃が泡音のことを知っているのはあの目立つ風貌からさほど意外ではないけれど、全くもって泡音を推薦した意図がわからない。
意図なんてないのかもしれないけど。
意味のない意地悪かも。
うん……最近、茨乃に構ってやれなかったからな……。
ついこの前まで小学生だった茨乃は子供っぽいのだ。年長の懐の広さを見せねばならない。茨乃は勉強がめちゃくちゃできるから、不真面目な先輩(俺だ)はテスト前は何故か後輩に泣きつく羽目になるんだけど。
「情けねー」
「乙浦が情けないのはみんな知ってるよ」
教室でのひとりごとに木之本が失礼な相槌を打つ。
「いや、木之本が勉強できればそんなことにはならなかったんだからな!」
「おっと。僕が乙浦より成績が悪いのは事実だけど唐突にそんなこと言われる意味がわからないんですけど」
「ひとりごとに反応するのが悪い」
木之本は洋画みたいにやれやれと肩を竦めた。うざい。
「で、さっきから同じところばかり掃いているわけだけど。何ぼさっと見てるのさ」
「いや……泡音って、掃除するんだなって」
俺の中で時の人、泡音つるぎはちまちまと机を移動させていた。
「ああ、そういや乙浦、教室掃除は久々だっけ」
担任がずぼらなので当番の配置が全然変わらないのだ。
それがどうしたというんだろう。
「泡音ね、教室に配置したらちゃんと掃除するんだよ。それが発覚したから当番は教室固定」
「ふーん」
机を一旦後ろへと全部移動し終え、泡音は手持ち無沙汰な様子で窓のもとにもたれかかっている。
ぼさぼさの金髪の下は気怠げな表情。前髪は目元にかかるほど長い。くたびれたパーカーの紫と半端に短いスカートの黒。コントラストが目に痛く、伸びた長い手足は随分と頼りない。
「そういや泡音って別に可愛くはないけど雰囲気が美人だよね」
「言い方……。まあ、なんか分かるよ」
おそらく普通の綺麗や可愛いとかは黙っている夜迷、ありえない仮定だけどまともに愛嬌を手に入れた茨乃とかなんだろうけど、泡音には荒削りの、アンバランスな、不思議な魅力がある気がする。
なんというかだ。
「大人っぽいっていうか」
「宇宙人っぽいっていうか」
木之本が変なことを言った。
同じ教室だぞ。目と鼻の先とまでは行かずともギリギリ聞こえてもおかしくないぞ。おい。
「……お前、結構恐れ知らずだよな」
「いやぁそれほどでも」
「しかし宇宙人って、そんな変なやつじゃないだろ」
夜迷じゃああるまいし。
「んー。まあ、気になるなら見てみなよ。僕がどういう意味で言ったのかその内わかるだろうからさ」
訳知り顔で頷く木之本。
「お前、泡音のなんなの」
「人間観察ってほんとに趣味として成り立つのかな、という好奇心の犠牲になったよね。ほら、目立つから観察しやすいし」
「うわ、変なやつだ」
「なんだとぅ。君だって普通に変わり者じゃん」
いや何言ってんだ。普通に普通だけど。
「回りくどくて面倒くさくてでもって斜め後ろに突っ走る」
「いやいやいや……別にそんなことないだろ」
心当たりはあるけれど。否定しないわけないだろ。
なんか俺の周り、俺のこと好き勝手言うやつばかりじゃないか?
俺、そんなに好き勝手言われなきゃいけないようなやつか?
「まー悪事の手助けならばこの悪い眼鏡とヒボーチューショーを受けているこの僕に任せたまえよ」
クイ、と丸眼鏡を上げてみせる。
「……お前も中二病にかかってる?」
「失敬な」
さて、くだらないこと話してないで掃き掃除に戻ろう。今日は早く帰りたい気分だ。
そもそも俺は実のところクラス全員の名前をフルで言えないくらいにはクラスのことを把握してない。よく失踪する泡音なんて尚更だ。
ただ、わかりやすい問題児なおかげで、半端に不真面目な俺が担任にそれほど目をつけられずに済んでいるので影ながら感謝していたりする。
俺が知っているのはそのくらいなのだ。
考えながらも今度こそは手を動かす。
残りは木之本と他のやつらで十分そうだし、俺も机を運ぶか……。
箒を仕舞って手近な机を引く。
しかしその机は予想外に軽く、勢いあまって机の中身が飛び出してた。
あ、やってしまった。
机の中から落っこちたのはごく普通のノートだった。少し、いや大分小汚いから男子のだろう。名前も教科も書いてないし。
べしゃりと広がってしまっているそれを拾い上げ、突然横からノートが奪い取られた。
「……かえせ」
驚いて顔を上げる。
「あ、泡音?」
先程までさんざ話の種にしていた彼女が乱雑にノートを閉じた。
そばかすが見えるほどに近く、とんがった目線が突き刺さる。
そうだここは泡音の席だった。
舌打ちひとつすらもなく、ノートを持ったまま彼女は教室を出ていった。




