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2−1


「部の作り方ぁ? 変なこと聞くね」


 あれから暫く経った放課後、久々に保健室の栞姉のもとに顔を出してそんなことを聞いてみる。

 あの日以来、夜迷には会っていない。が、あれから夜迷は時々メールでよくわからない写真(主に猫とか猫とか猫だ)を送ってくるので元気でやっているらしかった。だから犬派だっつーの。

 栞姉はものすごく怪訝な顔をしつつもちゃんと答えてくれた。


「とりあえず必要なのは顧問と部員と書類とハンコ……?」

「保健室の先生って顧問とか受け持てんの?」

「えっ私にやらせるつもりか。確かできると思うけど……ていうか部活に入るどころか作るだなんてどういう風の吹きまわしなのさ」

「あー、言わなきゃダメ?」

「ったりまえでしょ。変なこと聞いておいて、ここで真相はお預けなんてむかむかするわ」


 そりゃそうか。

 しかし、栞姉に開示してもいいものか。こんなでも彼女は先生だし、大人なのだ。そして何よりもあれは秘め事の類いだと思うのだ。

 腕を組んであからさまに唸っていると栞姉が勤務中にあるまじき気の抜けた笑みを見せた。


「私、信頼できない大人だからそこは信用していいよ。望むならアンタのやることなすこと、全部知った上でも素知らぬ顔をしてやるし、都合よく協力だってしよう。どうしようもない悪事でない限りはね。なんせ気持ちは永遠の十七歳だから」


『アンタのことなんか知ったこっちゃないしどうだっていいからとっとと話せ』

 少し昔にはよくお世話になった、矛盾した催促だ。

 ごめん、夜迷。俺、栞姉という都合の良い聞き手と癒着してるんだ。

 心の中でそっと手を合わせた。


「二年二組の夜迷硝子って知ってる?」

「ああ、保健室なんて駆け込み寺みたいなもんだからね。そういった子のことは一応把握してる」

「時々会うセーラー服のあの子が、そうだった」


 栞姉の表情が強張った。


「栞姉?」

「……いや、顔も知らないけど元気そうでよかったなって」


 そのほんの僅かに強張った表情は、きっと『先生』の顔だ。

 中学に上がって、だいぶ大きくなったつもりでいたけれど大人に敵うようになるにはまだ大分かかるらしい。そんなことを唐突に思い出す。

 高校生になったらもう少し変わるんだろうか。それはそれで憂鬱だ。


「ま、その。なんやかんやあったんだよつまり」

「もう少し解像度上げろ」

「あいつの不登校を隠すために保護者のじいさんに俺が部活仲間だとハッタリかました」


 栞姉の頭に気持ちはてなマークが浮かんだ。


「でもってじいさんに全部見透かされた上で遠回しにあいつをよろしくと頼まれた」


 栞姉の眉間に皺が寄った。


「そりゃあね!! あれほど気合の入った不登校は保護者と相談するもんだからね!!」

「いや、思い至らなかった俺も夜迷も馬鹿だったよな!!」


 茶番だった。ひどい。



「にしても、そんな七面倒くさくてよくわかんない間抜けな理由があったわけね」

「う……そこまで言うか」

「言う言う。しかしそれなら、正式な部活にしないほうがよっぽど都合がいいんじゃない? ほしいのはハリボテだろう。弱小でも面倒だよ、部活ってのは。学校っていう他人の領域でどうこうしようっていうんだから」

「そりゃ、そうなんだけどさ」


 わかってはいるんだけど。


「結局、隠し通すっていうのはできなかったし。せめて本当にしてやりたいって思うんだ。とりあえずやってみもせずに諦めるのはちょっと……」


 なるほどなあ、とつぶやきながら栞姉がニヤニヤと笑った。


「かわいい女の子に泣き疲れたらねぇ」

「そんなんじゃねーよ!」


 栞姉は恋愛脳だ。学生時代から長年付き合ってた彼氏にフラれて以後なんかおかしくなったりするくらいには。昔はのらりくらりなんてしてなかったしもう少し真っ当だったのだ、多分。

 だから今俺に言ったのもそういうことだろうし、それはきちっと否定しておかなくちゃいけない。夜迷に不誠実だ。バラしたけど。事情バラしちゃったけど。


 第一、恋っていうのはドキドキしてふわふわして頭がおかしくなるものだって栞姉から叩き込まれているのだ。

 あんなふらふらした夜迷の前で俺までふわふわできるわけがないので土台無理な話である。

 ……なんて言っても、伝わらないんだろうなぁ。

 栞姉は意味不明に機嫌良さげだった。


「ま、好きにしなよ。顧問が欲しいならなってあげなくもない。教師的には公式化すりゃ問題児の問題が一歩改善に向かったということになって万々歳だろう。面倒ごとを合法的に生徒に押し付けられるというわけだ。部活バンザイ。青春サイコー」

「そういうの、やる気なくすから言うなって」


 棒読みだった。

 栞姉、薄々思っていたけどさては学校とか教師とか嫌いなんじゃないだろうか。栞姉の青春観、どうなってるんだ。


「ただ、この中学、兼部禁止だし。部員なんて見つかりっこないよな……」


 帰宅部には帰宅部なりのポリシーがあるものだ。帰宅部の俺曰く。

 運動部は負担が割に合わないなと感じて、文化部はラインナップがピンとこなかったというだけのポリシーだけど。


「帰宅部ねぇ。あの子はダメかな」


 栞姉が指しているのか誰だか見当がついた。保健室の常連のことだろう。


「ダメも何も、速攻で断られるのが目に見えてる。まあ駄目元で試して見るよ」


 さて、ここにいないということは図書室か。



 ◇





 がらんとした図書室の奥、児童書の棚と棚の隙間の踏み台。

 そこがあの子の定位置だ。


「おはようございます、サボタージュ先輩」


 目ざとく俺を見つけ、あいも変わらず不本意な挨拶を投げつけてくる。


「おはようって……夕方だっての」

「あたしにとってはいつでも朝みたいなものです」


 甘ったるい声に似合わず恐ろしく刺々しい口調。ため息を吐きたくなる。もう少し、ほんの少しでいいから愛想くらい装ってくれてもいいんじゃないか。

 可愛げのない後輩、茨乃景糸(いばらのけいと)は澄ました顔で分厚い本に紐栞を挟んだ。

 肩上で切りそろえたほんのりと色素の薄い髪は地毛で、まともに日に当たらない肌も青白い。

 小学生にも負けるのではないかと思うほどちんまい身体に、分厚い海外児童書は大きすぎるように見える。

 成長を見越して大きめに仕立てたのだろう赤茶のブレザーは二学期に突入した今も『着られている』といった印象だった。

 生真面目な保健室の常連はバタンと本を閉じ、俺を見た。


「先輩、迎えに来たんですか?」

「いや、話に来た」


 上目遣いなのにただ目つきが悪く見えるだけとは恐れ入る。顔立ちそのものは幼くて可愛らしいはずなのに不思議だ。

 早く言え、と目線で催促されている。

 単刀直入。


「部活を作ろうと思う」

「イヤです」


 白刃取り。


「まだ何も言ってないし誘ってもないし話ぐらい聞いてくれたっていいじゃないか……」

「先輩はお馬鹿なのでどうせお馬鹿なことしかやらないと思います。あたしは毎日毎日忙しいんです。ポケーっと生きている先輩にはわからないでしょうけど」

「ぐっ」


 口が悪い。めちゃくちゃ悪い。悪いけど別に言ってることは何も間違ってないので引き下がるしかない。

 栞姉め。ほら、だから結果なんて目に見えていると言ったんだ。


「第一、なんの部活だろうとあたしじゃ無理ですよ。先輩にあたしをどうこうできる甲斐性とかないでしょう」

「否定も肯定もしたくねーなあ」

「ちゃんと肯定しましょう。保健室と図書室を行き来するだけのあたしにはできません。はい、これが現実です。わかったらとっとと引き下がってください」


 茨乃は学校にこそほとんど休むことなく来ているが、あまり授業に出れているとは言い難い生徒だった。

 ……そうか、部活になるかはわからないけれど趣旨が『あちらこちらに連れ回す』というものである限り、茨乃には難しいんだ。

 初っ端からの拒絶は、『どうせ無理なのだから話なんて聞かせるな』という意味を持っていたのかもしれないと思い至る。

 うむ……良くなかったな……。


「でも、先輩はあたしのオススメした本をしっかり読んでくれるいい人なのでちょっとくらい手伝ってあげないこともありません」


 気落ちしているのが茨乃にバレたのか、なんだかちょっと気を使う感じでそんなことを言ってきた。


「え、いいのか」

「要は帰宅部であればいいのでしょう? いるじゃないですか、先輩のクラスに」


 いる……か?

 木之本もあれはあれで意外に運動部だったりするし帰宅部なんてひとクラスに一人二人いるかいないかの希少度だ。内一人は俺だし。

 思い当たらず唸っていると、茨乃は意味深に鼻で笑ってきた。

 お前、そういうとこだぞ。だから友達できないんだぞ。俺は友達だけどさ。とか言わないけど。俺の定義では先輩は後輩に甘いもんだけど。


「金髪に紫色のパーカー、当然知っていますよね。あの人を誘ってみてはどうです?」


 俺の心なんて知ったことではないとでもいうように、嫌味ったらしい笑顔とともに茨乃は無茶難題を吹っかけてきた。

 そういうところだよ、ともう一度思った。

 

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