4−2
曇り空の日曜日だ。
快晴よりもうっすらとした曇りのほうが日曜日にふさわしいと思うのは俺だけだろうか。
曇りの日特有の空気の柔らかさとか日差しの曖昧さとか、なのに景色は光が強くない分、かえってよくみえるあたりが、なんというか最高になんでもない日曜日って感じがした。
時計の針を眺める。そろそろだ。
現在地はとある市内の水族館前。
なんでもない日曜日和の今日だけど、これからいかにもな日曜日を送ろうとしている。
一台の車が目の前で止まった。
降りてきたのは茨乃だ。
運転席の親御さんに挨拶をする。
しばらくお預かりします。
「おはようございます」
暗い赤色のワンピースを来た茨乃は上機嫌だった。首からカメラを提げている。
「乙浦先輩、さては一番乗りでしょう。相変わらず地味に几帳面ですね。何分前に来てたんです?」
「いや、俺は二番目。着いたのは今から十分前」
「じゃあ一番は……」
隣の泡音を見た。
ジーンズに無地のTシャツという三秒で選んだような格好だけど、背の高い彼女が着ると妙に様になっていた。
「一時間前についてた」
泡音は無表情で三本指を立てる。多分ピースサインを作ろうとしたんだろう。
「え、ずっと待ってたんですか……?」
得意げな顔で頷いて言った。
「迷ったけど、かんぺき」
「うそ、迷ったんですか!? 何時に家を出たんです!?」
……現地集合じゃなくってやっぱり駅から待ち合わせて行けばよかったかな。
いや、泡音が『ひとりで電車に乗る練習をしたい』と言ったからなんだけど。
時間ぴったり、時計の秒針が一番上を指したところで夜迷が待ち合わせ場所に現れた。
大きく手を振りながら駆けてくる。だからヒールで走るなって。
「おまたせ、いい天気ね!」
「硝子さん、曇りですよ」
「? いい天気じゃない」
ああ、いい曇りだ。夜迷がどうやら俺と同じ感想を抱いているようでなんだかちょっとうれしくなる。
前会った時はちょっと様子がおかしかったから心配していたけど、どうやら杞憂だったみたいだ。彼女はこうでなくっちゃ。
「日曜日なのにいつもと同じ格好なんだな」
夜迷はむっとした。
「ちがうわ。よく見て。ほら、タイの結び方が違うでしょ」
青いスカーフは形の整った蝶々結びになっている。
確かに印象は華やかになってるけど。
他に違いを挙げるとすれば今日ばかりは小さな鞄を持っていることか。
「あとスカートがちょっと短い!」
「わかるかんなもん」
ことの始まりは俺が四人分の水族館のチケットを手に入れたことだった。
母親が職場の付き合いで手に入れたものをぽいっと寄越され、ありがたく頂戴したという経緯だ。
四人分、別にクラスメイトと行ってもよかったのだけれど、真っ先に顔が浮かんだのはこの四人だった。
それに、茨乃と泡音の会話を盗み聞きしていたし。その中で水族館という言葉が出ていたことを覚えていた。
というわけでお誘いだ。
切り出した時には丁度よく、放課後にふらりと元部室予定地にあらわれた夜迷もいた。
いつの間にか夜迷はそんなふうに放課後の学校にくるようになっていた。
何か、心境の変化があったのだろう。
俺から聞くことはないけれど、それが夜迷にとっていいことだといい。
……反対に、俺は最近あんまり学校をさぼらなくなってきたけれど。
元々、理由もないサボりだったが一度夜迷と会うことを目的にしてしまい、その夜迷が自分から、放課後とはいえ来るようになったのだ。一度明白にしてしまった目的が達成されてしまい、以後マンネリである。
まあ、泡音は美術部に入ったから部屋に集まるのは基本三人なんだけど。
美術部というのは毎日ある部活ではないらしく、結構な頻度で泡音も顔を出していた。
茨乃は来れないかと思ったけれど、送迎付きという形でなんとか許可が出たようだ。
というか、友達と遊びに行くというイベントにご両親は大喜びでむしろ送り出されたそうなのだが。
日曜なのにそれほど混んではいなかった。
子供連れの姿は目立つが、イルカショーで難なくいい席を取れたくらいだ。
「なんだかんだ久しぶりですよ。随分前に行ったところはイルカショー、なかったですし」
足を揺らしながら茨乃が言う。
「最初はイルカショーから、ってなんだか贅沢じゃない?」
「なんというか、ラーメンを頼んで一番初めにチャーシューを食べるみたいな感じだ」
「メンマたべたい」
「水族館っぽいラーメンって何味かしら」
「味噌だろ」
「しお……?」
「なぜラーメンの話になってるんですか」
残念ながらお昼ご飯は食べてからの集合だったのでラーメンはお預けである。またの機会だ。
さて、ショーが始まれば直前までラーメンの話をしたことも忘れて見入った。
いやぁ、最後に見に行った記憶もなかったけどすごい迫力だった。イルカってあんなに大きかったんだな。
余韻にほくほくとしながら館をひとつずつ巡っていく。
この水族館は順路がかっちりと決まっているわけではない。生き物やテーマごとに小さな館に分かれており、行き来しようと思えばいくらでも出来た。
ラッコにペンギン、アザラシと、魚そっちのけの順番で進んでいく。
一通りぐるりと回ったあたりで売店を見つけた。
「ソフトクリーム!」
夜迷がはしゃいだ様子で指さして、空気はすっかり休憩モードに変わった。
やはり冷たいものに目がないらしい。初対面で俺にアイスをたかっただけはある。
カラフルなソフトクリームの写真がメニュー板に並んでいる。
ブルーベリーとかパイナップルとかほうじ茶味とか。ほうじ茶……?
なんか甘いのと想像つかないな。
こういうときはオーソドックスなものを頼むに限る。
泡音が落としそうだったのを慌てて支えて、逆に俺が落としそうになったりした。
茨乃はひとり大人っぽくカップだった。
日陰のベンチに座り、小さなスプーンで優雅に食べている。
夜迷はいつの間にか二個目を買って食べていた。
青色の、なんともサイケデリックなソフトクリームだった。
べ、と夜迷が舌を出す。やっぱりサイケだった。
包み紙をきっちりと畳んで、休憩の雑談もほどほどに落ち着いたころ。
必然、これからどうしようという話になる。
広げたマップを覗き込む。結構ハイペースで回ってしまったみたいだ。
「乙浦。もういちど、ゆっくりみたいところがある」
泡音が小さく挙手した。
「ペンギン」
鞄からはスケッチブックがはみ出していた。
なるほどそのためか。
確かにペンギンってなんだか表情豊かな感じがして、描きごたえがありそうな気がする。
「あたしも行きたいです!」
茨乃が大きく手を挙げる。
「……退屈じゃない?」
「つるぎさんはあたしのことなんて考えなくていいんです。あたしも別につるぎさんに気を割いたりはしませんし。
あたしはあたしで、勝手にやっていますので」
つん、と澄まし顔で小さなカメラを抱えながら茨乃は言った。
「ペンギン、あたしも好きなんです。丸っこくてかわいいじゃないですか。つるぎさんはどんなところが好きなんです?」
「え……飛べないところ?」
「……はあ」
「ダチョウとかもかわいい」
「ちょっとよくわかんないです」
苦笑する。
「わかんないですけど。動物園も行きましょう。いつか」
というわけだ。一旦分かれて自由行動のち集合ということにしよう。
そして茨乃は泡音の腕を取り、さっさと行ってしまった。
「俺たちもどっか行くか?」
ペンギンのところへ行ってもいいんだけど。
「小さいけど遊園地みたいなブースもあったぞ」
子供向けっぽいからたいしたものはないだろうけど。
夜迷はメリーゴーランドとか似合いそうだ。
コーンをちまちまと囓りながら夜迷は思案する。
「私、大きな水槽が好き」
「じゃあそっちに行くか。ええと、どっちだっけ」
二人で一枚の地図を広げた。
「普通に本館だったな」
「地図、見るまでもなかったわね」
顔を見合わせて笑った。




