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九十六話 過去 ④

 晴れた良き天気の日の昼下り。キィンギィンと金属の音が鳴り響く。

 王城のいつものことであり、音を発しているのもいつものメンバーだった。

 

「ぐっ、……ここだ!」

「甘いな」

「な、うぐぐぐ……ぐあっ!」


 盾で受け止めた剣が、盾ごとそのままルーカスを押し潰す。力ではなく技による押し潰し。これが出来るのは流石の最強お師匠様だ。


「盾の使い方がなってません。滑らすか止めるかの判断が甘いです」


 今日も中庭ではルーカスの修行が行われていた。今日の修行はレオニクスによる指導。

 レオニクス自身もコウジと比肩する程の実力の持ち主。さらに性格が真面目なので、一つ一つ丁寧に教えることから指導役としては適任だった。

 コウジが打ってそれをルーカスが盾で受ける。レオニクスはそれを見て指摘、実演する。いつもの光景。


「盾は初めの角度で次の行動が決まるのですから、常に盾の持ち手を……」

「パパー!」

「ん? あっ、カエデ〜〜!」


 そんな修行中の中庭に似合わぬ幼き声が響く。


「迎えに来てくれたのか〜! ヨウコも!」


 やって来たのは小さな女の子とその母。レオニクスの娘と妻であるカエデとヨウコだった。


「やあ、カエデちゃん。元気そうだね」

「ルーカスおにいちゃん! うん、げんきだよ!」

「………………」

「あっ、へんなひと。こんにちわ」

「だれが変な人だ!」


 四歳になるカエデはルーカスとへんなひとへ元気よく挨拶する。それに対し、いつもと変わらず応対するルーカスと、どこかよそよそしいコウジ。目を合わそうともしない。

 

「駄目だぞカエデ。変な人には気軽に声をかけちゃ駄目だ。近寄るのも駄目だ。見てもいけない」

「お前は娘に何という教育をしているのだ……」

「正しいだろうが。お前は近寄るな。シッシッ」


 犬を追い払う様にシッシッと手を払うレオニクス。悪しき獣を愛娘へと近付けないという、親として間違っていない正しき教育をしているだけだと。


「あっ、パパのけんだー」

「あ、カエデそれ危ないから……」

「パパ、わたしにもけんおしえて?」

「え? いや、カエデにはまだ早……」

「わたしもパパみたいにつよくて、かっこよくなりたいのー!」

「待ってろカエデ!! 一番軽い木刀取って来てやるからな!!!」


 そう言うと猛ダッシュで部屋へと消えて行ったレオニクス。今日一番の猛スピードで愛娘の為に走る走る。


「……馬鹿だなあいつは」

「え! パパはバカじゃない! バカはおまえ!」

「おまっ、お前……?」


 そんなレオニクスを見ていて、ついポツリとこぼれたコウジの一言に娘は反応する。父を馬鹿にするなと。馬鹿はお前だと。


「バカっていうほうがバカなの! だから、バカはおまえ!」

「……ぐっ、この私に向かって何という口の聞き方を……」

「ぷっ、駄目だよ師匠。子供相手に手を上げちゃ」


 あまり見れないコウジが怯む姿につい噴き出すルーカス。天下無双最強無敵の師匠にもある弱点。その光景を見るのがルーカスの楽しみでもあった。


「カエデ〜! お待たせ、あっ!? お前何してんだ! 何近寄ってんだ! お前は近寄るな! 二人には指一本触らせん!」


 そして、帰って来た男のこの姿を見るのも好きだった。普段は真面目で堅物の彼が、家族の前ではフニャフニャになる姿を見るのが。


「……まったく。この馬鹿親子はキャンキャンキャンキャンと。口のなってないところはそっくりだな」

「ああっ!? なんだって!?」

「弱い犬ほどよく吠えるとは言ったものだ」

「うるせえ! お前なんかそのうち……」

「パパー」

「ごめんねカエデ〜〜! あんな変態は放っといて剣の稽古しましょうね〜」

「うん、するー!」

「……はあ」


 変態は放っておき、愛する家族との楽しい時間を満喫し始めたレオニクスに半ば呆れつつ近くのベンチへ腰掛けるコウジ。ルーカスもその隣へ座り、二人してその光景を眺め出した。


「師匠もそろそろ身を固めたらどう? 子供も作ってパパになりなよ」

「ふん、私が子供苦手なのは知っているだろう? 流石の超天才である私だが、子育てだけは苦手だしやりたくないものだ」

「ふーん。でも、僕の剣術指南役は引き受けてくれたんだね」

「罰だからな。渋々仕方なくだ。そうでもなければ誰が、こんな面倒くさいガキのお守りなんてやるものか」

「そりゃ悪かったね」


 ベンチに腰掛け、レオニクス一家の仲睦まじい光景を二人で眺める。まだ修行の時間は終わっていないが、家族の時間を邪魔する程野暮ではない。


「それに順番で言えば、私よりお前だろう。イザベラももうあと少しで学校を卒業だ。卒業すれば晴れてお前達は結婚するのだろう?」

「まあ、その予定だけど」

「ふん、糞ガキだったお前が伴侶を見つけるとは。人生とは分からんものだ」


 イザベラは今この時も学生として学校に通っている。卒業すれば、王子ルーカスと結婚するというのはもう既に周知の事実。その為か国全体がソワソワしている様な空気感がある。幼い時から王族として、精力的に民の為に活動してきたルーカスの人気はとても高い。そんなルーカスの祝い事は盛大に行われることになるだろう。


「師匠だってそのうち子供を抱いてるかもよ」

「無いな。そうだ、お前達に子供が出来ても私に近付けるなよ。子供は何を考えてるか分からんから苦手だ」

「ふふっ、わざわざ近付けようとなんてしないよ。しなくてもそっちから来るだろうし」


 クスクスと笑うルーカスに呆れたように一つため息をつくコウジ。


 暖かき光景を眺め、他愛の無い会話を楽しむ。この穏やかな時間が、平穏なこの時がいつまでも続くだろうと誰も疑いを持たなかった。




 だが、それは突如崩れ去れるのだった。




「た、大変です! ルーカス様!!」


 一人の兵が息を切らして中庭へ現れる。そして、


「王が、国王陛下が倒れられました!!」


 これが始まりだった。

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