九十四話 過去 ②
「たのもーー!!」
王城の中庭から大きな声が響く。王城全てに響き渡るその声。自信に溢れた活気ある若き男の声。
「我が名はコウジ=ウォーカー! 世界最強と名高い、アリッジ王国親衛隊の者と手合わせを願いたい!」
これが物語の始まりだった。
「中庭に不審者が侵入! 者共出合え!」
「警備はいったい何をしている!? さっさと捉えろ!」
王城に侵入者など前代未聞の出来事だった。入口などではない。王達が居る部屋まで近い、中庭まで侵入されている。しかも、侵入者は中庭の真ん中で堂々と立ち、名乗りを上げている。慌てふためいた警備の者や興味に駆られた者など、城にいたほぼ全員が中庭に集結してしまう程に。
「ふむ。どいつもこいつもそこそこ強そうではないか。だが、戯れに来た訳ではない。真剣に戦いに来たのだ。我こそはと言う強者のみ前へ出よ!」
完全に周りを包囲されたコウジは高らかに言う。自分の置かれた状況を理解していないかのように。
「馬鹿かあいつ。弓兵構えよ! 全方位から弓を浴びてやれ!」
隊長らしき人物が指示を出す。彼らからしたらコウジはただの侵入者であり敵。付き合ってやる必要などない。
「弓を射る? 私に当たらず味方同士射合うだけだぞ? 止めておきたまえ」
開かれた中庭の中心にポツンと一人佇むコウジ。それをぐるりと包囲する兵達。確かに外れた弓は対角線にいる兵に当たりそうだ。
「命乞いならもう少しまともなことを言え。魔法壁部隊用意!」
杖を持った兵士達が弓兵の前へ魔法壁を展開する。この魔法壁は内側からの攻撃は通しても、外からのものは通さない様になっているようだ。
「ほう? 魔法壁を貼るのか。なるほど、それで外れた矢を防ぐのだな」
「そうだ。こちらに損害など出ない。降伏するなら今だぞ?」
隊長から最後の降伏勧告が告げられる。誰から見ても状況は絶体絶命。降伏以外に選択肢はない。
「弓矢だって折れれば損害だろう? 物は大切にするべきだぞ」
「……放て!」
しかし、勧告を無視したコウジ。おちょくる様なコウジの言動に隊長は無慈悲な命令を下す。一斉に放たれる弓矢。四方八方から襲いかかり、それから逃れられるはずもない。だが、
「なにっ!?」
「弓も中々の威力に精度だ。しかし、私は遊びに来たのではないのだよ。強者と手合わせに来たのだ!」
コウジの手には、その背丈程もあろう大きな野太刀。それを片手で振り、迫り来た弓矢を叩き落としてしまった。空いたもう片手には、受け止めた弓矢を握っている。
「くっ、第二陣用意!」
「……仕方ない。まずはこちらからか」
隊長はすぐさま第二陣の展開を命令する。それに対し、今度は迎え討つのではなく、こちらから討ちに行く構えのコウジ。バキバキと弓矢が握り折られ、ゆらりとその影が動く。その時、
「待て」
一人の声が響いた。
「なにっ…王っ!? 何故ここへ!?」
声の主は四十ぐらいの男性。アリッジ王国現国王その人だった。
「何か問題が? ここは私の住む城だ。庭にぐらい出る」
「危険でございます! 何かあれば……」
「危険? その者の目的は強者との闘いなのだろう。この老いぼれの弱者に興味など無いはずだ。だろう? 若武者よ」
「……そうとも。私が求めるのは強き者のみ。若き頃ならともかく、たるんだ今のあなたに興味は無い」
「……ハッハ! 言いおるわ! おい、誰か相手をしてやれ」
確かに王の腹は出てきていたが、それを躊躇なく言うコウジ。自分の力への自信の現れか。はたまたただの不敬か。どちらであっても王からすれば良き見物だった。
「しかし、それは……」
「私の言うことが聞けないのか?」
「っ……!…………レオニクス!」
「はっ!」
隊長から名を呼ばれ、ズイッと一人の男が前へと出る。
「ほう。君がこの中で一番強いのか。……ふむ。良い闘気だ。名乗りたまえ」
全身を重厚な鎧で身を固めた若い男。コウジと同じぐらいの年に背丈。その二人が対峙する。
「……レオニクス=アズレだ」
「コウジ=ウォーカーだ。よろしく頼もう。鎧の騎士よ」
共に名乗り、武器を構える。
そして、始まる激闘。
重厚な鎧だけでなく手に持つ大きな盾で身を守り、剣での反撃で戦うレオニクス。
その背丈程ある長く重い野太刀を軽々と華麗に扱うコウジ。
二人の戦いはまさに激闘。若くしてその道を極めんとする二人のぶつかり合いは、周りからすれば異次元の戦い。周りは理解出来ない光景をただ黙って見ているしかない。
そして、その戦いにも終わりが訪れる。
「ぐっ! ぐはっ!!」
「ハ、ハァハァ……、中々やるではないか鎧の騎士よ。だが、私の勝ちだ」
二人の激闘はコウジの勝ちという結果で幕を閉じた。しかし、コウジとて楽な勝利というわけではない。傷だらけで浅くない傷もいくつか。
「良い戦いだった。また手合わせを頼む。次は……」
「次などあるとお思いで?」
膝をつく騎士へ手を差し伸べようとした瞬間、コウジの背後から男の声とナイフが。
「まさかこの私が気配に気付かないとはな……」
「武器を捨てるのです。愚かな道場破りよ」
完全に背後を取られ、首元に鋭利なナイフが突きつけられたコウジ。観念するように武器から手を離す。ドスンと音を立て地面に落ちた野太刀と両手を上げて降伏の意を示すコウジ。
「っ!」
「何が目的かなど、尋問は別の場所でするとしよう」
そんなコウジの両手を、目にも留まらぬ速さで後ろ手に拘束する男。その技の速さに、コウジにも気取らせぬ隠密性。達人の中の達人であることは明らかだった。
「待て。拘束を解いてやれ。シバルト」
「……しかし、王……」
「解いてやれ」
「……畏まりました」
それに対し、王は拘束を解くように指示する。シバルトと呼ばれた男性は、不服そうながらも言われた通りその拘束を解く。
「素晴らしい腕前であった若武者よ。まだ若いと言うのに、既に王国で右に出る者は居ない程の力を持っておる」
「……有難きお言葉」
「だが、侵入者であることは間違いない。そして、侵入者には罰を与えねばなるまい」
先程までの朗らかな様から一点、厳しく威厳のある様へと。王の威厳とは正にこのことだろう。自分とは関係がなくても、周囲も威圧され頭を垂れる。
だが、コウジは王の目をじっと見つめていた。
「……コウジと言ったな。コウジよ。貴様には我が子、ルーカスの剣術指南役を務めることを罰として与える」
王から侵入者コウジへの罰がくだされる。王子ルーカスへの剣術指南役を務めるという罰を。
「なっ!? 王よ! 何をおっしゃいます!」
「何を驚くシバルト。ルーカスもそろそろ剣を教えてやられねばならぬ歳だ。教えるなら強き者が適任だろう?」
「しかし、その者は侵入者ですぞ!」
「だから、罰を与えるのだ」
「その罰が問題なのです!」
王の発言にシバルトはひどく反発する。シバルトだけでない。周り者もみな王の発言に耳を疑い、理解が出来ていなかった。
王族の剣術指南役と言えば、厳しい審査の上、身元も実績も優れた人物だけがなれる役職。王族に対し剣を振るうということが唯一許される特別な存在。それがどこの馬の骨かも分からぬ侵入者の賊にさせるなどあり得ないことだ。
「いいだろう? その者は強いぞ。適任だ」
「適任な訳が無いでしょう! この者に務めさせるぐらいならば、私が務めましょう!!」
「お前が教えられるのは暗殺術だけだろう、シバルト」
「それでもこの者にさせるよりはマシでしょう!」
「……盛り上がっているところ悪いが、私は引き受けるとは一言も言っていないぞ?」
勝手に盛り上がっているが、そもそも引き受けると一言も言っていないとコウジ。まるで選択権は自分にあるとでも言うように。
「言葉は選べ。若僧」
「ほう? 良い殺気だ。先程の鎧騎士よりも貴様の方が強いな。面白い」
再び首元にナイフを突きつけられる。そのナイフの如く鋭く睨みつけるシバルト。だが、それに一切怯むことのないコウジ。むしろ、楽しそうにも見える。
二人のその睨み合いは異常な空気を生む。達人同士の睨み合い。誰もそれへ触れることはできない。別次元の争い。触れようなど思いもしないが、近くにいるだけで圧倒され、身がすくみ一歩たりとも動けない。
しかし、そんなことお構いなしに足を進める者が。
「……ここは危険だぞ、ぼうや」
「ルーカス様!? お下がりください!」
シバルトの背後からトコトコと歩み寄ってきた小さな足。
「ほう……。この子が件のルーカス」
小さな身体がよりコウジへと歩み寄る。止めようとしたシバルトを躊躇わせる程迷いなく。歩み寄り、真っ直ぐコウジを見つめる。
「ん」
「? なんだ?」
ルーカスはその小さな手をコウジへと伸ばす。手も瞳もコウジへと真っ直ぐに。
「ぼくにけんをおしえてくれるんでしょ? だから、これからよろしくってあくしゅ」
その小さな瞳は真っ直ぐにコウジを見つめていた。年は七か八ぐらいだろう。
しかし、その年以上にその瞳には力が秘められていた。生粋の王としての力が。
「……良い目をしている」
先程までのことを見ていない訳が無い。あの空気を感じていない訳がない。それでも一切動じず、真っ直ぐにコウジを見つめ、手を伸ばすその様は正に王の姿。
「ふっ、いいだろう。やってやろうではないか」
未来の王を弟子にするのも悪くない。この者を育て高めることは、己を高めることへも繋がる。最強が二人居るのも面白い。
「我が名はコウジ=ウォーカー。いずれ世界の頂きに立つ者だ。そして、今日からは君の師匠だ。弟子ルーカスよ、よろしく頼む」
「うん、よろしく!」
差し出された小さな手と、武骨な大きな手が結ばれた。