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八十話 ミイナ ⑧

 …………………………終わった。

 ……終わったんだ。

 全部、終われたんだ。


 影が揺らめく。自信に満ち溢れた男の影がゆらりと揺れ、自信なんて持ち合わせてない残念な女の影へと変わる。


「うっ……、げほっ! ごふっ! うぐ、うあ……、ああっ…………」


 途端にこみ上げて来た大量の血。止めどなく口から溢れ出し、糸が切れた人形の様に地面へ。


 もう指一本動かない。冷たい地面に溢れ出す生ゆるい血。そして、その血もすぐに冷たくなり、血溜まりを作る。それに顔を沈めながら私の頭もまたゆっくりと沈んで行く。

 


 ……やったよ。私、出来たよ。村のみんな、お父さん、お母さん。私、仇を討てたよ。忘れてたこともあったけど、ちゃんと私勝てたよ。私……………………



 …………目の前に広がる光景。それは懐かしきあの故郷の日々。のどかで平和な平凡な村の光景。子供達は走り回り、老人がそれを見て目を細める。女性達は道端で井戸端会議を楽しみ、力仕事を終えた男達はグラスを片手に一日の疲れを癒やす。なんてことない、平凡で、温かな光景。



 ミイナ。



 ふと声が聞こえた。私の名を呼ぶ声が。


 ……ああ。ああ、やったよ。やったんだよ、私。

 ねえ、お父さんお母さん。


 声の先にいたのは優しく笑う私の両親だった。


 私は二人の方へ駆け出す。もっと近くで顔を見たい。もっと声を聞きたい、話したい。二人を抱き締め、抱き締めて欲しい。お父さん、お母さん。もう、私ずっと一緒に……



 ミイナ。



 駆け出した私を引き留めるかのように、別の方向から誰かが私の名を呼んだ。誰? 分からない。でも、聞いたことあるような声だったような。……それになんだかその声の方へ行かないといけないような気が。


 足が止まる。二人の元へ行きたい。でも、声が私を引き留める。迷い、足が止まった私と二人の目が合う。

 そして、二人は一際優しく笑って言った。



 良かったね。


 良かった? 何が? なに、え、ちょっと待って! なんで!? なんで行っちゃうの!? どこに行くの!? 待ってよ! 私を、私を置いて行かないで!!

 

 どこかへ行ってしまう二人を追おうと駆け出す。

 

 止めて! 私を置いて行かないで! 私を一人にしないで!! 

 

 慌てて追いかける私。歩いてるだけの二人を全速力で追いかけるが、差が全然縮まらない。


 なんで!? なんで私を置いてっちゃうの!? 

 

 走る走る。身体が動いている感覚が無くとも無我夢中で走る。暗き世界を駆け、縮まらない差を無理矢理詰める。あと少し。もう少しで掴め……


『本当に……?』


 突如誰かが立ち塞がる。


『本当にこれでいいの?』


 何? 誰? なんでもいいからどいて! 


『思い出して』


 景色が変わる。赤く燃えるような空。崩れ落ちた建物。物言わぬ肉塊。赤く赤く赤く。温かな日常は崩れ去り灼熱の暑さで凍える地獄へと。


『あなたが求めたのは何?』


 求めたもの? この地獄? そんな訳ない。こんな地獄求めた訳がない。平凡で温かな日常が続くのを願い、続くと思っていたのに。こんな地獄に、私の全てを崩したのは


「ハハハハハハハハ!!」


 声が聞こえる。知ってる。知ってるとも。お前だ。全てお前だ。

 

 美しい金髪に翡翠の瞳。上等そうな服に業物の剣。涙を長しながら大声で笑うその男。


 マルク=ブラウン。


 でも、こいつは倒した。私が勝った。終わったんだ。全部。だから……、


『本当に?』


『本当に求めたのはそれなの?』


 本当に、求めたもの……? マルクを倒し、みんなの仇を取る。それに以外に何かがあった? この為に私は苦しい修行にも耐えて強くなった。血反吐を吐き、泣き叫び、何度も死にかけながらも頑張った。私は強くなった。強くなり、少しでもあの日見たあの強さに……。あっ……。


 ……そうだ。私が見た、憧れ求めたのは……。


「うっ、ううっ……、げほっ! うぐっ……」


 鉛のように重い身体を奮い立たす。少しでも身体に力を入れると溢れ出す赤き血。口から、胸から、全身から。溢れ出し、吐き出し、止まることのない血。そんなことなんて構わず力を込める。地面を掻き、拳で支える。震える足で無理矢理身体を起こす。


 起こさなければ。起きなければ。まだ休んでいい時じゃない。


「わたじは、まだ…ごふっ、手に、入れてない……」


 震える四肢で身体を起こす。今にも崩れ落ちそうな頼りなさ。頭も上げられず、息も絶え絶えで可哀相な程に惨め。


 でも、私はいつもそうだ。


 一人じゃ何も出来ない。何も決められないし、続けもしない。いつも誰かに助けてもらって、支えてもらってきた。元気な人に、落ち着いた人。よく喋る人、無口な人。普通の人も、変わった人も、色んな人に支えてもらった。


 だから、今も支えてもらおう。


 手を伸ばし、掴む。右手、左手。そして、引き千切るぐらい力を込めて引っ張る。崩れ落ちそうな身体を全て預けるように。引っ張り、支えにし、起こしていく。


「あなっ、だのようなっ……、強さをっ……!!」


 すがりつくようにきつく握り締め、寄り添うように震える足を立てる。


 私が、私が本当に求めたのは


「元気そうだな? ミイナ」

「シオン、さんっ……!!」


 私の、師匠。


「げふっ! ごほっごふっ! んぐっ……」

「おーおー盛大に噴き出しちゃって。……もう終わりか?」


 思いっ切り血を吐き出す。シオンさんの服を赤く汚したが、怒ることなくこちらを見てくる。

 待ってるのだ。私の言葉を。なら、それに応えなければ。シオンさんに、私に。


「……まだ。まだ、終わりじゃない……。わたしは、もっと、強く……、シオンさんの、師匠達の強さを……!」


 吸い込まれる様な黒い瞳。この瞳が見ている世界を私も見たい。その瞳で何を見て、何が見えているのか。同じ目線で同じものを一緒に見たい。



「あっ…………」


 ふっと力が抜ける。糸が切れた人形の様に力なく倒れ込む。そして、こんな時でも倒れてばかりで締まらない私を見てきっと大笑いする。そんな私の予想。


 それは外れた。



 背中に手が触れる。武骨ながらも柔らかみのある手が。倒れそうだった私はそっと優しく支えられる。


 そして、彼の腕の中へ。


「よくやったな」


 黒き影が私を包む。温かな影に、腕に包み込まれ私は眠りに落ちて行った。


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