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七十一話 コウジ ②

「……まさか私が恋の病にかかるとは……」


 考えて考えて考え抜いた結果、導き出された一つの真実。「恋の病」。世界で一番恐ろしき病。


「……ふっ、ふふ。恐れ入ったよ。君はどうやらとんでもない魔法使いだったようだ」 

「……魔法?」


 まさかこの私がかかるとは。決してかかるはずのない病にこの私が。そんなことをやってのけた彼女は魔法使いだ。そう、恋の魔法使い。コウジの頭の中はまさに恋の病状態、脳内お花畑状態だった。いや、平常時からこの男はこうだったかもしれない。


「君が私に触れる度に私は君に囚われていく。心だけではなく、身体までもだ。まるで重しをつけられたかのように身体が重いよ」

「……流石ですわ。もうお気づきになられるとは」


 コウジの花満開言葉にアデリーヌは感心したように頷く。一体何に彼女は感心したのだろう。まさか彼女も脳内お花畑だと言うか。


「あなたのおっしゃる通り、これが私の、いえ。この武器の力。これで相手に触れれば相手の身体能力を低下させる。これが神器『神薙ギノ宝刀』」

「………………何? 神器?」


 すっと差し出されたアデリーヌの武器。銀色に美しく輝く反った刃。華美な装飾は無いが、洗練された美しさに重厚感を放つ柄。神器「神薙ギノ宝刀」。

 

「あら? 神器のことはご存知ではないのかしら?」

「……いや。神器のことはよく知っているが……、神器……」


 あの薙刀が神器? 触れると触れた者の身体能力を下げる? ならば、この身体の重みはあの神器のせいか……。なんだ、今まで感じていた違和感、疑問があっさりと解消されてしまった。と、どこか悲しげな顔のコウジ。


「そう、神器ですわ。今の貴方はこの『神薙ギノ宝刀』に二度触れられた。違和感程度ではもう済まないでしょうね。そんな状態でこれが避けられますか?」

「ぬっ! ぐうううぅぅ……!!」


 そんなコウジにお構いなく、アデリーヌは流れるような連撃を放つ。上に下に左に右に。美しき一連の連撃を悲しみに暮れるコウジは避けれることが出来ず、まともに喰らう。


「ぐっ、はぁはぁはぁ……」

「あらあら。もうボロボロですわねおじさま。しかし、一撃ごとに身体能力が低下していくというのに深手を負っていないのは流石ですわ」


 ガクッと片膝を地に付けるコウジ。薙刀の連撃により服は斬り裂かれ、身体からは鮮血が溢れ出す。致命傷となるような傷は負っていなくとも、浅くはない傷だらけだった。


「ですが、もう既に貴方の身体能力は半分以下。いえ、半分どころではないですかね? その証拠に、ほら」

「ぬううぅぅぅ!」


 何の変哲もない突き。ただ構え突いただけ。普段のコウジなら目を瞑っていても避けられたであろう突き。しかし、その突きコウジの左肩へと深々と突き刺さる。


「ふふ。もっと奥まで……」

「ぐっ、があああぁ!!」

「あら。まだそんな力が残っていたのですね。流石ですわおじさま」


 突き刺さった刃を更に深く突き立てようとするアデリーヌを渾身の力で弾き返すコウジ。一見コウジによってアデリーヌが弾き飛ばされたように見えるが、そんな訳ない。今のコウジにはそんな力はない。ただ単にアデリーヌが遊んでいるだけ。弱ったコウジを笑うように。


「ふふっ、まだまだ元気いっぱいですわね。もっと私を楽しませて下さるのかしら?」

「ぐ、っはぁ、……生憎だが、遊ばれるのは嫌いなのだよ……」


 ぜぃぜぃと肩で息をし、フラフラと立ち上がるコウジ。


「あらそうですの? 残念ですわぁ。もっと楽しませて頂きたいのに。まあ、おじさまもう年ですものね。仕方ないですから、さっさと終わらせてあの小さくて可愛い女の子で遊ばせて頂きますわ」

「……なに?」


 最早、満身創痍で立っているのがやっとと言った様のコウジ。だが、アデリーヌの発した言葉にピクリと反応する。


「名前は確か、リン様、でしたでしょうか? 小さき体に愛らしいお顔。あの無垢で純粋な天使のようなあの子を、ああっ、あの子をぐちゃぐちゃにしたい……!」


 頬に手を当て、うっとりと目を細めるアデリーヌ。その細めた目には嗜虐の光が宿る。


「はあぁ……。想像しただけでもゾクゾク致しますわ……! あの愛らしい顔が苦痛によって歪められ、澄んだ瞳からは大粒の涙が溢れ出し、助けを求める甲高い絶叫は恐怖と絶望を奏で私をさぞ楽しませてくれるっ……! ああもう! 想像しただけでもうイキそうですわ!」

「………………」


 まるで悲鳴のように狂喜乱舞するアデリーヌ。先程までの麗しき様はどこへ行ったのか。今はただ耽美な妄想に酔いしれていた。


「ハァハァ……。もう我慢なりませんわ。早く、早く早く早くっ! 今すぐにでも楽しみたいっ……! と言うことでおじさま。さっさと死んで下さいませ」


 我慢の限界を迎えたアデリーヌにとって最早コウジは眼中に無い。あるのはリンへの溢れ出す嗜虐の心。

 その溢れる心へ邪魔となるゴミをさっさと処理しようと適当にそのゴミの胸目掛けて薙刀を突き出す。


「あら? はずれた? 面倒な。さっさと死んで下さいませ」


 突き出した刃はコウジの胸を貫くことなく宙を切る。運良くよろけたか。そう思い、再び胸を貫く為に突き出すアデリーヌ。しかし、


「………………? な、なんで……? なんで当たらないっ……!」


 突く、斬る、薙ぐ。何をしようとどこを狙おうとも振るう刃はコウジにかすりもしない。


「……ふふっ。おかしいと思っていたのだよ」

「何がです!?」

「私はいつだって魅了する側。恋をするのではなくされる側。レディからの愛に応え、愛する者。……それに恋の病などかかるはずがないのだ」

「……は?」


 アデリーヌの攻撃を難なく避けながら、意味不明な独り言をブツブツ言い始めるコウジ。


「全てのレディは私のことを愛するのだ。だから、私もその愛に応え、愛さねばならない。レディに愛されレディを愛する者。それが私。その私が一人のレディだけを愛するのは許されない。オンリーワンにしてナンバーワン。そう、私こそが愛なのだ!」


 ブツブツ呟いていたコウジは突如吹っ切れたように声を上げる。先程はブツブツ何を言っているのか聞き取れなかったが、今度は聞き取れても何を言っているのか分からなかった。


「麗しきメイドのレディ、アデリーヌよ! まずは君を褒め称えよう! この私を恋に落ちたと錯覚させたその力! 神器の力とはいえ、それは君のその美貌無くしては成り立たなかっただろう! 素晴らしき美貌に気品だ! 誇り給えその美貌を! そして、この私に褒め称えられたことを!!」


 君は美しい! 素晴らしい! そして、何よりこの私に褒めらたことが一番素晴らしい! 相手がどうこうよりも自分。自分こそが素晴らしい。相手を褒めつつ自分を称える。自分が一番! 残念、コウジにウザさが戻ってきてしまった。


「その美貌をもってこの私を惑わし、このような大きな傷を負わせた! 気品のある淑女だと思っていたがなんて悪いレディなんだ! これはおしおきが必要だ!」


 顔を見るだけで分かる。目はキラキラと輝き、口角はワクワクと上がる。その顔はとても楽しみに満ちていた。


「さて、いったいどんなおしおきをしようか? と、普通のレディならば私の胸を踊らせてくれるところだが、」


 普段のコウジなら、相手がアデリーヌでなければこのまま顔が変わることは無かっただろう。だが、アデリーヌは触れてしまったのだ。絶対に触れてはいけない彼の逆鱗を。


「リンに害成す者はただの敵だ。排除する」


 コウジの顔から笑みが消える。


「排除!? 何を馬鹿なことを! 今の貴方が私を排除等出来るわけがない! 大人しく、死んでおけ!!」


 アデリーヌは猛攻を仕掛ける。さっきまでの攻撃よりも早く、多様で複雑に。だが、その猛攻は一つとして当たらない。


「くそっ! なんで! なんで当たらない!!」


 アデリーヌの息が上がる。対するコウジは息一つとして上がっていない。先程までのダメージによる苦しそうな顔もどこに行ったのやら、今のコウジは冷静で酷く冷たかった。


「強さには三つの要素がある」


 アデリーヌの猛攻が遂に止まる。ぜぃぜぃと肩で息をし、顔には苦しみを映し出し、まるでさっきまでのコウジの様だ。


「知識、経験、身体。この三つの要素から強さは成り立つのだ」


 そして、ゆらり、ゆらりと歩み出すコウジ。その姿はアデリーヌからはどの様に見えているのだろうか。いや、そもそも見えているのだろうか。この世の者ならざる幽霊が歩むその姿を。そして、もう目の前に来ていることを。


「その内のたった一つを封じただけで私に勝てると思ったか?」


 コウジの腕がアデリーヌへと伸びる。アデリーヌの顔へと伸ばされたコウジの両の腕。その迫る腕が、手が顔へと触れようともアデリーヌは動かなかった。いや、動けなかった。ただ単に出された腕、ではない。これは相手を支配する歴戦の腕だ。


「さよならだ。麗しの、敵よ」


 コウジの手がアデリーヌの顔へ触れる。そして、次の瞬間にはもうコウジの手はアデリーヌの顔から離れ、美しき反った銀の刃を持っていた。


「……残念だ。敵でなければ愛し合えたと言うのに。まあ、あの子の為だ。仕方あるまい。楽しい一時をありがとう。ゆっくり休みたまえ」


 取り出したハンカチでまずは自分の顔の血を拭い、そのハンカチを投げ捨てて場から去るコウジ。

 投げ捨てられたハンカチはひらひらと宙を舞い、そして、そっと覆い被さるのだった。

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