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六十八話 ミイナ ①

 一人一つ選んだ扉。その扉の先に待ち構えてる光景はどんなものだろうか。その先にある光景が望んだものであれ望んでなかったものであれ選んだのは自分だ。扉だけじゃない。ここに来ると選んだのも。


 だから、私は臆することなく扉を開けた。


 そして、



「やあ。よく来たね。きっと来ると思っていたよ。君が、この日がね」


 開けた先にはマルク=ブラウンがいた。




「ふふ。そう怖い顔しないで、って言うのは無理か。分かるよ。君が今どう僕を見ているか」


 開けた扉から繋がっていたのは建物の屋上。さっき入って来た屋敷の屋上か。その屋上で待ち構えていたのがこのマルク。

 涼しい顔でニコリと笑い、顔だけを見れば美しく好青年に見える。しかし、私は知っている。こいつが何をしたのかを。


「……あなたに私の気持ちが分かる訳ない」


 奪った者と奪われた者。分かり合えるはずが無い両者の気持ち。だが、マルクは、


「分かるさ。よーく分かる。手に取る様に、いや、手に取っていると言うべきかな。……そうだね、あれを見てごらん」


 平然とそう言い、どこかを指差す。有り得ないことを言うマルクが指差す方向には、


「……王様の城?」


 離れたここからでもその姿がよく分かる巨大な城。アリッジ王国の王族達が住むアリッジ国王城があった。


「そう。この国の王族達が住む城。巨大な、力の象徴さ」


 力の象徴。確かにあの巨大さに強固で強大な見た目はそうとも言えるだろう。


「……僕の家はね、貴族だったんだ。と言っても弱小貴族だったけど。父、母、妹の家族四人小さな名ばかり貴族。でも、十分裕福だし暖かで楽しい家だったんだ」


 懐かしむような温かみのある目でかつての光景へと思いを馳せるマルク。その瞳からはとてもマルクであることが想像出来ないような温かみのある色が。


「…………でもね、ある時全ては崩れ去った。父が王族の悪事を知ってしまったんだ。それも王族の存在を揺るがすようなものをね。それで、……はは。黙っていればいいのにね。父はそれを告発しようとしたんだ。弱小貴族の父が。王族を敵にしようとした。……どうなったかなんて分かるよね?」


 簡単な問題だろう? そうとでも言いたいかのように私へ視線を戻す。


「そうさ。家が襲撃され父は殺された。何とか命からがらその時は逃げた妹と母も事故で死んだ。表向きはね。もちろん僕も襲われてたよ。はじめは逃げられたけど子供の体力や知恵なんて知れていてね。すぐ追手に見つかり殺されそうになったんだ。……でも、その時に師匠と出会った」


「僕は追手から逃げて、森の中に身を潜めてたんだ。でも、森なんていかにも隠れるような場所はすぐに捜索されて見つかったんだよ。見つかって、必死に逃げて、肺が潰れるかと思うぐらい走って。そして、師匠の教会に辿り着いた」


「すがる思いで僕は教会に飛び込んだ。もちろん追手も飛び込んで来たよ。僕とは違う思いでね。それでね、教会に飛び込んだのはいいけどまさかの誰も居ないなんて展開が待ってたんだよ。驚きでしょ? 師匠居ないんだよ? 鍵すら締めないで出掛けるなんて不用心だよね」

 

 はははとマルクは笑う。止まることなく一気に話し、良くないことのはずなのに楽しそうに話し、笑う。


「で、僕は捕まっちゃうんだ。ただの袋のネズミだったからね。捕まって殺されそうになるんだよ。でも、そこで師匠が帰って来たんだ。まあ、あの時殺されてたら今の僕は居ないんだから読めただろうけどね。……そして、目の当たりにしたんだよ。圧倒的力を」


 さっとマルクの目の色が変わる。


「死神のように思えた追手が簡単に殺されていくんだ。つまらそうな顔の師匠が適当に力を振るうだけで。あれはこれ以上にない快感だったね! あんなにも簡単に死神が死んでいくなんて! いや、真の死神はここに居たんだ! 全てを潰し、壊し、殺す死神が!!」


 先程以上に楽しそうに、さも愉快そうに笑う。温かみは消え、目には違う色の光を宿して。


「……ああ、ごめんね。長いね。まあ、要するに僕は知ったんだよ。この世界は力が全てだ。力ある者は何をしても許され、全てを圧倒する。だから、僕も力を手に入れるんだ。圧倒的な力を。全てを凌駕し、掌握する力を」


 握った拳に目に宿した光。これがマルクの信念。力が全て。力によって力を手に入れ、力で全てを支配する。


「冒険者ギルドを掌握するのは前座さ。力試しみたいなものだね。だから、掌握した後はどうでもいい。冒険者ギルドもドン・オーガストも。本当の目的はその後さ。僕の本当の目的は王族を根絶やしにすること。腐った頭なんていらない。王族を斬り捨て、腐った貴族もどんどん潰していこう。そして、僕がこの国を導くんだ。全てにおいて圧倒的な力を持って。そう、僕が新たな王となる」

「…………あなたが王様になんかなれるはずがない」


 マルクが、こんなやつが王様になんてなれやしない。あんな、あんなことをしておいて……!


「……そう言えば、まだ君の名前を聞いてなかったね。一応、僕ももう一度名乗るよ。僕はマルク=ブラウン。君の名は?」

「………………」


 こんなやつに名乗る名など無いと口を噤む。だが、


「ああ、名乗ってくれないのか。残念だなぁ。いったい誰がこんな風に育てたんだろうね」


 こいつは…………! こいつはもう今すぐにでも殺したい。だが、こんな事を言われて名乗らない訳にはいかない。


「……ミイナ、ロジャース」

「ふうん。ミイナって言うんだ。良い名前だね」


 何が良い名前だ。全然思ってないくせに。


「……僕もね、あの村の人々のことを思うと今でも胸が痛くなるんだよ」

「………………は?」


 理解出来なかった。こいつはいったい何を言ってるのだろう? 私の聞き間違いだろうか?


「彼らには何の罪もなかった。でも、犠牲となってしまった。悲しいね」

「ぎせっ、犠牲って、犠牲ってあなたが殺したんじゃないですか!!」

「そうだね。殺したのは僕だ。僕が未熟だったばかりにね」


 平然とマルクは言う。悪びれることもなく、悔やむ様子もなくただただ平然と。


「師匠との修行も大詰めを迎えようとしていた頃、師匠は言った。僕にはまだ甘さがあると。その甘さは時に命取りとなるとも。そして、その甘さを消し去る為に、完全な王となる為に僕に命じた。……彼らに犠牲になってもらうことを。僕が未熟だったばかりにあんなことになってしまった。本当に悲しいことだよ」


 仕方がなかったことなんだよ、悲しいね。と、まるでそう言うかのように実にあっさりと言い放つ。


「……でも、安心してほしい。そのお陰で僕は甘さを消し去り完全なる存在へと昇華出来たんだ。彼らは新たな王の、国の誕生の為に犠牲となったんだ!」


 声高らかに、何一つ間違いなど無いと言うふうに。壊された村を、奪われた日常を、彼らの死を「犠牲」と言う。


「そして、君はその集大成さ! 自分の日常を、友を、家族を殺され復讐に燃える君はまさに過去の僕だ! そして、僕と同じ境遇を辿り今ここに相対した! 僕を殺したいだろう? 家族の敵を討ちたいだろう? その憎悪を晴らしたいだろう!? さあ、かかってきてくれ! そんな君を僕は殺す。それで過去の自分を完全に乗り越えるんだ! 僕はさらに生まれ変わる! 全てを超越した存在へ!」


 その瞳に宿る光はどのようなものなのか。喜びなのか、単なる興奮なのか。自信の表れか。それとも、狂気だとでも言うのか。


「彼らは素晴らしい犠牲となった。これから君もそうなるが悲しまなくていい。君を殺し、僕は更なる高みへと至る。誰も届かぬ圧倒的高みへと。そして、僕は成し遂げるんだ! 新たな王となり、素晴らしい国を、世界を作り上げるんだ!!」


 剣を抜き、その剣を天へと掲げる。これから来たる未来を高らかに宣言し意気揚々と掲げられた剣。


 そして、その剣の矛先は私へと。


「だから、誇ってくれ!! 僕に敗れ、新たな世界の礎になれることを!!!」


 私の戦いが今始まる。

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