六十五話 リン ①
日は落ち始めたがまだポカポカと暖かな木漏れ日の中、のんきに歩く小さな影が一つ。
「ここどこだろ? ……って言うか誰もいなーい!」
誰もいなーい!と叫んだ声は森に静かに吸収されていく。だが、吸収されたならまた出せばいいと言わんばかりにリンの大きな独り言は続く。
「一人ずつ相手するんじゃなかったのかなぁ? はっ! もしかして、ボクにビビって逃げちゃったとか? ふふん、それがありそうなのが怖いよね〜」
さっすがボク!と元気に楽しそうに一人森の中を歩くリン。だが、残念ながらそれは間違いだったようで。
「そんな訳ないでしょー?」
大きな影がリンを覆う。バッサバッサと翼を動かし、上空からリンの目の前へとドラゴン娘が降り立った。
「なんだ。逃げたんだじゃなかったの。逃げてても良かったのに」
「逃げる? チーがお前みたいなチビ相手にー?」
ププッと笑いチビを見下すドラゴン娘チー。確かに背はチーの方がリンより高かった。
「チ、チビ……? ……せ、背の高さなんてどうでもいいし……?」
「まあ、それもそうだよねー。でも……」
リンを見下すチー。さっきまでは彼女の視線はリンの顔を捉えていた。だが、その視線は今は少し下へと下がった。何も主張してこない胸へと。
「……ぷっ」
「ななななな何笑ってんのーー!!」
「……まな板」
「まああぁぁなあいたああ!!??」
慎ましく、主張のないそれをまな板と表現される。これ以上無い侮辱に声を荒げるリン。
「ま、まだ成長期来てないだけだから! これから後一、二年もすればボクだって誰もが羨むナイスバディになってるし!!」
「お前がチーみたいになるなんてムリムリ〜。残念〜」
「うぅ、うるさぁーーい!!」
少しは自分でもそう思ってたのだろうか。言葉が揺れている。
「もうあったまきた!! その無駄な脂肪斬り落としてやる」
二本の短い刀を抜き、憎しみを込め見開いた目でリンとは対照的なチーの豊かな双丘を捉えるリン。その憎き双丘目掛けて一瞬で間合いを詰める。
「それもムリムリ〜。だって、」
そして、宣言通りその憎き双丘を斬り落とすように振り下ろす。だが、
「チーの方が速いもん」
その刀は空を斬るだけだった。
「こっち〜。ほらほら〜」
「うっ、ぐっ」
初太刀を避けられすぐに横へ向く。そして、迫りくるチーの攻撃をいなす。拳に脚に太い尾に。翼までもがチーの武器。人よりも大きく多い武器が襲いかかる。
片や小さなリンには小さな刀が二本。人の大きさだけでなく武器の大きさもチーより小さい。それでも、チーの攻撃をいなしつつ隙を見て反撃をする。その反撃も簡単に避けられたが、一度距離を取ることには成功する。
「へぇー。意外とやるんだね〜。チーの速さに付いてくるなんて〜」
「ふ、ふん! このぐらい余裕だし!!」
口では威勢が良いリンだが、微妙に内心を隠し切れていない。自分が想定していたよりも相手が速く、意外と強い。内心汗ダラダラ。
「ふーん。じゃあ、チーも本気で行くからね〜」
「え?」
チーは今まで本気ではなかったらしい。今まででも十分強く速いのに。
「竜化!」
強がらなきゃよかったなと内心少し後悔していた。