六十一話 忘れた記憶 ⑦
「…………ん」
「どうしたのミッちゃん?」
「? いえ、何でもないです?」
「………………」
黒の世界から色とりどりの明るい世界へ。その目の前にはリンさん、コウジさん、ドンさん、そして、こちらを見ているシオンさんが。これはあの時の続き。忘れた記憶の追体験。
「ふっ。察してやれリン。レディには色々あるのだ」
「いや、ボクもそのレディなんだけど」
「と言うかコウジさんはいったい何を察したんですか」
下らない話をダラダラとする。前も感じていたこの安心感。ドンさんが傷だらけでやって来た非常事態なんてどこかへ忘れさせる。ずっと続くと思われてたこの安心感。
「ん?」
不意にコウジさんが上を向いた。ギルドの建物の扉の方、斜め上辺りを。そして、それに続きシオンさん、リンさん、ドンさんも同じ方向を。
「え、なんです……かああぁ!?」
みんながそっちを見だすから私も釣られてそっちを見る。すると、
ドゴオオオォ!!
突然の破壊音と衝撃に襲われる。土が舞い煙立ち、建物の扉は吹き飛ばされる。そして、立ち込める煙の中に一人の影が見えた。
「きゃ!?」
土煙や木片、それに強い風がギルド内を襲う。その突風の発生源は目の前の人物だった。
「あー! いたいたよー! ね、マスター! チーの言った通りでしょ!?」
突風のおかげで土煙が消え、その姿がはっきりと見えた。女性だ。しかし、普通の女性ではない。翼が、尻尾があった。人の身体にドラゴンのようなものが。さっきの突風もその翼を羽ばたかせ起こしたものだろう。女性の身体に似合わぬ大きな翼によって。
「こらこら。何度建物を破壊してはいけませんと言えばいいのです? 神の顔も三度と言うこともあるらしいですよ?」
「それを言うなら仏ですわ。まあ、同じようなものかもしれませんけど」
ドラゴン娘の後から新たに二人の人物が現れる。黒と白を身に纏った神父とメイドが。そして、最後に奴が現れた。
「やあ。ドン・オーガスト。逃げるなんてひどいじゃないか」
金色の髪に翡翠の瞳。私が忘れていた忘れられない男。マルク=ブラウンが。
「あっ、ああ、ああぁああぁぁっ!!」
考える前に身体が動き出していた。叫び、立ち上がり、ナイフを抜く。そして、一直線で駆け寄る。全てはマルクを殺すために。しかし、
ガキンッ!!
鈍い金属音が響き私の行く手を阻むものが。三人の、私の師匠達の背中が目の前に。
「ミッチャンに何するの!」
「えーそっちが先にやってきたんでしょ?」
「なんと可憐なお嬢さんだ。君、名前は?」
「アデリーヌと申します。以後お見知りおきを」
「あなた真っ黒ですね。見た目も多分中身も。どうです? 一回一万ルピーで懺悔を受け付けますよ?」
「おいおい俺より胡散臭えな、この神父さん。大丈夫か?」
私の前に立ちはだかり、師匠達は敵達と鍔迫り合う。リンさんはドラゴンのような女と。コウジさんはメイドと。シオンさんは神父と。そして、私とマルクは守られるような形となった。
「……君はあの時の……。…………フフフ。フフッ、アハハハハ! そうか! 君はあの時のあの子か! 村を、友を、親を、全てを壊され生き残ったあの時の! ふふっ。ああ、この時を待っていたよ。君とまた会える時を」
「フッーフッー! 死ね、死ね、死ね!! 喋るな!! 見るな!! 死ねぇ!!!」
「ミッ、ミッちゃん落ち着いて!」
リンさんが私を制止するもそのことを私は意に介さない。ただ、目の前のマルクを睨みつけるのみ。憎悪や殺意、全ての憎しみの感情が溢れ出した瞳で。
「殺す! 殺す殺す!! 殺す!!!」
「ミッチャン! ダメ!」
リンさんの制止を振り切り、私は再びマルクへ向かって突進する。師匠達の脇をすり抜けて、殺す殺すと強くナイフを握りしめ。
「まあまあ。落ち着けミイナ」
「ぐっ!?」
マルクへと突進するもシオンさんの影により私の動きは封じられてしまう。
「ううっ、離せ……」
「あ? お前誰にそんな口きいてんだ?」
「んむぅ!?」
さらにシオンさんに向かって離せなんて言ってしまったせいで口まで封じ込められ話すことも出来なくなってしまう。
「ったく、最近なんか調子乗ってきてねえか? って、それよりいつまでこうやってんの? なに? 俺のこと好きなの神父さん?」
「……好きでも嫌いでもないですねぇ」
「あ、本気で答えてくれんの?」
鍔迫り合う状態で膠着してる師匠達。
「みんな止めよう。今日は争いに来たんじゃないんだから。それに久しぶりだけど、君に会いに来たわけでもないんだ。……用があるのはあなただ。ドン・オーガスト」
パンパンと手を叩き止めるようにマルクが指示するとあっさりと敵の三人は引き、師匠達も追撃することなく引く。膠着状態はいとも簡単にマルクにより解消された。そして、マルクが語りだす。
「あの時の僕の話は聞いてたよね? どうするの? 抵抗しないなら危害は加えないし、君がこれから後ろ指差されるようなことにならないようにもしよう。でも、そうじゃないなら、分かるよね?」
「…………………」
マルクは私には興味が無いというふうに私から視線を外し、ドンさんを見て問いかける。それに対し、ドンさんは黙ったまま何も答えない。
「ふぅ。だんまりは良くないよ。ちゃんと答えてくれないと。ねえ? そう思うでしょ? ヒーローさん」
マルクが問う。それは私達でもドンさんに向けてでもなかった。崩れたギルドの向かい側にある建物、そこの屋根に立つ者へ向けて。白いマントに白いコスチューム。かつてドラゴンから街を救った正義のヒーロー、ジャスティス・ロウの姿がそこにはあった。
「…………ロウ」
「……………………」
厳しい目でドンさんを睨み見下ろすジャスティス・ロウ。ドンさんの呟きに何も答えようとはしない。口を噤み、険しい瞳でただ睨む。
「ほら、答えてくれないかな? 君はこれからもまだ冒険者ギルドのドンとしてやっていくのか。それとも、ギルドから引退し僕に後釜を譲るのか。君のことだけど君だけじゃないんだ。これによって変わる人が大勢いる。宣言した僕としては早く返事が欲しいところでね。それにここには丁度ギルドの最高ランクであるSランクの者が三人全員いる。決めるには相応しい場じゃないかな?」
「……俺は……」
「ちょーと待てよ。何勝手に話は進めようとしてんだ?」
マルクの問いにドンさんが口を開こうとした時、それに割って入ったのはシオンさんだった。
「……部外者は黙っててくれないかな」
「部外者? ああ確かに俺は部外者だが、そうじゃない奴もここにいるだろ? なあ?」
「え? 誰のこと?」
「……お前ランクは?」
「ランク? なんの?」
「………………」
「…………あっ! ボクかぁ!」
シオンさんの振りをようやく理解したリンさん。リンさん、あなたSランクになったよー!って自慢してましたよね?
「ふっふぅん! そうだよここにも一人、幻のSランク冒険者が居るんだよ! そう、このボクがね!!」
「君が? Sランク……。ああ、そう言えばつい最近新しくSランクにランクアップした者がいるって聞いたような」
「そう! それがこのボク! 最近なったばっかだけど、他のSランクの人よりも強い! 最強のSランク冒険者とはボクのことだあ!!」
ふっふぅんっと胸を張りドヤ顔をするリンさん。カワイイ。この時の私はそんなこと思う余裕ないけど。
「そう。君もSランク。なら、君の意見も聞こうか。君はどちらにつくんだい?」
「どちらに? え、待って。話が全然分かんない。ちょっといばってみたけど話何も分かってなかったんだよね。シオン、これボクはどうしたらいいの?」
「知るかよ。俺は部外者様なの」
「ええー。アドバイスぐらいくれてもいいじゃんかぁ」
リンさん……。分からないのにあんなドヤ顔してたんですか……。ある意味すごい。
「……冒険者ギルドは今大きく変わろうとしているんだよ。旧来のドン・オーガストが支配する体制から僕がみんなを解放しようとしているのさ。みんなが誰かに怯えることもなくのびのび冒険者ライフを送れるようにね」
「支配? 怯える? え、何に? どういうこと? みんなのびのびやってないの?」
「君は強者側の人間だから分からないだけさ。君とは違う立場にいる多くの冒険者達はみんなこれを実感してた。だから、みんな僕の方へついた」
「『僕の方へついた』? え、え? 誰かと争ってるの? 喧嘩は良くないよ?」
「はあ……。リン。お前もう黙ってなさい」
「え?」
「……ふっ。まあいいさ。ドン・オーガスト。君がなんと答えようとも結果は変わらない。君の時代はもう終わった。これからは僕が冒険者ギルドの……、ふふっ、そうまずは冒険者ギルドの頂点となる」
「……………………」
「一週間待とう。それまでに返事をして欲しいな。返事が無い場合は君達を敵と見なし排除する。だから、良い返事を期待してるよ。ドン・オーガスト。それに、君も。僕達はここから東に行ったところにある屋敷にいるから。じゃあ、待ってるよ」
マルクは言いたい事を言って去って行こうとする。私はそれを止めようと動こうとするが、シオンさんの影に拘束され指一本すら動かすことが叶わず、ただマルク一行が去っていくのを見つめるだけ終わった。
そして、マルク一行の姿が完全に消え、シオンさんの拘束が解かれる時、私の世界は反転した。




