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五十八話 忘れた記憶 ④

 赤い。まるでこの世の終わりかのような赤さで夕暮れが照らしている。真っ赤に。暗く。そして、黒く。



 村の光景を見た私は立ち尽くしていた。



 いつもなら。いつもならまだみんなの声がする時間。まだ家の中に入るには早く、子供は走り回り、大人は談笑している。仕事を終え、穏やかで賑やかな時間。いつもなら。


 


 今は賑やかな声など一つも聞こえない。走り回る子供も談笑する大人も居ない。目の前に広がる光景は、地獄。建物は破壊され瓦礫と化し、立ち込める煙は火の粉を纏い空へと舞い上がる。


 そして、


「うっ、うえええぇぇ……!!」


 地を赤く染め、倒れている村人達。


 よく見なくても分かる。みんな、死んでいる。子供も大人も関係ない。何かで斬られたように死んでいる者。身体に大きな風穴を開けられている者。半身が無くなっている者。みんな、みんな死んでいる。


 そんなみんなの変わり果てた姿を見て思わず吐き出した。初めて見た人の死体。さらに、その死体が知り合いで凄惨なものだったことに耐え切れず膝を地面につけ嘔吐する。いったい何を吐き出しているのか分からない。昼に食べたものか、それとも恐怖か。


 嘔吐し、涙を流し、身体が震える。しかし、私は立ち上がった。いや、立ち上がらずにはいられなかった。見に行かなければ。私の、私の大事な者達は無事なのかを。


「お父さん……、お母さん……!」


 赤い赤い村の中へ私は入っていく。





「ハァ……、ハァ……」


 匂いをかがないために鼻を手で覆う。見たくない光景を見ないために視界を狭める。今すぐにでも逃げ出したい気持ちを抑え込む。そして、止まりそうになる足を何とか動かし、私の家の前へとたどり着いた。


 私の家は崩れたりはしていなかった。窓が割れてることもなく、ドアも閉まっている。外見はいつもと何も変わらない。中もいつも通りなら今の時間帯であると二人とも家の中にいるはずだろう。


 閉まってあるドアを開けるためドアノブを握る。もしかしたら。もしかしたら、このドアはカギがかかっているかもしれない。カギがかかっていて二人ともいつもの様にいるかもしれない。そんな思いが頭に浮かんできた。


 きっと、きっとこのドアは開かない。カギがかかっているから。開けようとしても開けられない。開けられないんだ。


 開けられない。


 開くな。


 開かないでっ……! 


 思いは期待に変わり祈りへと変わる。



 しかし、その祈りは届かない。



 キィ……。



 儚い音と共にドアは開いた。



「あ…………」


 開いたドアの先、荒れた様子もなくいつもと変わらぬ廊下の光景が広がっていた。ただ、一点を除いて。


 しずくがあった。いつもはないしずくが。ぽつぽつと。ぽつぽつと廊下に落ちていて道が出来ていた。その道は真っ直ぐに進み、左へと曲がっている。リビングへと。


 赤い道ができていた。



 嫌だ。嫌だ行きたくない。見たくない。あの角を曲がった先に何があるのかなんて。この道をたどってなんて行きたくない。


 行きたくない。動かないで私の足。今だけは思う。足なんて無くなればいいのにと。足が無くても手で這って行くというなら手も要らない。だから、だから止まって。行ってはいけない。



 でも、でもっ…………!



「あっ、ああ、あああああああぁぁ…………!!」



 私は見てしまった、最悪の光景を。



「お母さん……! お父さん!!」


 血を流し倒れている二人を。



「お父さん! お父さん!!」


 角を曲がってすぐリビングの入り口付近に父は倒れていた。うつ伏せで床に赤い血溜まりを作り私の呼びかけにピクリとも反応を示さず。


「おとうっ……」


 反応がないうつ伏せの父を起こす。

 見たくなかった。見なければよかった。こんな……、こんな父の顔なんて。


「さ、あ、はっ……、あ、ああ、うあああ……!」


 ゴトッという音がした。うつ伏せから私が起こし、仰向けとなった父がこちらを見てくる。優しかったあの目はもうどこにもない。父の瞳は大きく見開き、血にまみれた苦悶の顔で赤く濡れた私を見てくる。


「おかっ、お、おお母さん…………」


 抱え起こした父から手を放し、這いずるように奥に居る母のもとへ。しかし、母もまた無機質な物のように床へ座り込んでいた。


 腹部から血を流し、壁に背をもたれかけ手は力なく床についていて、空ろな瞳で下を見ていた。そんな母に私は這い寄っていく。


「お母さん、お母さん起きて……、起きて……!」


 ゆさゆさと母の体を揺する。何の支えもなく壁にもたれかかっていただけの母の体は少し揺するだけで床へと倒れこむ。


「寝ないで、起きて、起きてよぉ……!」

 

 倒れた母をまた揺する。起きて、起きてっ!と呼びかけながら。だが、その呼びかけに母は反応しない。ただ変わりなく宙を見つめているだけ。


 それでも私は呼び続けた。お母さん、起きて!お母さん!お母さん! 


 でも、いくら呼ぼうと揺すろうと全く反応の無い母。そして、そんな母を見て私もいつしか母と同じような目に変わっていった。


「……………………………………」



 いくら揺すろうとも反応しない母から手を放し、私は立ち上がった。ふら、ふらと立ち上がり、移動し、再び父のところへ。


「…………お父さん。……お父さん。お父さん。お父さんお父さんお父さんお父さんお父さんお父さんお父さんお父さんお父さんお父さんお父さんお父さんお父さん」


 父を呼び続ける。倒れた父の頭の前で座り込み父の苦悶の顔を見つめ呼ぶ。お父さん。お父さんお父さんお父さん。ただ、ただ呼ぶ。何を見ているのか分からない。何を言っているのか分からない。虚ろな瞳で同じ言葉を繰り返す。


「お父さんお父さん……。お父さん………………。

……………………………………………お腹すいた」


 床にある何かから顔を上げ私は呟いた。虚ろな瞳に奇妙な色を灯して。


「おかあさーん。晩ごはんまだー? ねえー? ……はあ。もういいよー。自分で作るから」


 私は立ち上がり、戸棚にあったパンを取って包丁で切り出す。


「たまにはお肉食べたいなぁ。ねえ、お母さん。明日はお肉食べようよ。お父さんも食べたいよね?」


 真っ赤に濡れた手でパンを切る。白から赤に染まっていくパン。そんなこと気にせずただパンを切る私。


「パンもこんな固いやつじゃなくてもっと柔らかいの食べたいなぁ。ああはいはい。文句言わずに食べますよー。え? 冒険者になって稼いでこいって? だから、無理だって。ははは。…………あははははっ!!」


 私は何故か笑い出した。笑う。笑う。何が可笑しいのか。何も可笑しくはない。何故笑うのか。私が可笑しいから。


 意味も無く笑う。大声で笑う。私しか居ないこの村で。血と肉と瓦礫と私しかないこの村で。私は笑う。


 だが……、



 ハハハハハハハハ!


 

 笑っているのは私だけではなかった。



 その笑い声は外から聞こえた。若い男の大きな笑い声。私は外へと走り出した。廊下へつながるリビングの出入り口に横たわる何かを飛び越え廊下を進み外へ。


 そして、見た。思い出した。そいつを。


 泣いていた。笑いながら泣いていた。口からは大きな笑い声を出し、目からは大粒の涙を流す。悲しんでいるのか、それとも喜んでいるのか。さも愉快そうに笑い、さも悲しそうに泣く、そいつがいた。


 美しい金髪に翡翠の瞳。上等そうな服に業物の剣。そのすべてが赤に染まっていた。自身の血ではない。すべてが他人の血で。


「ああぁああああああぁ!!!!」 


 そいつを見た瞬間本能は理解した。こいつがやったんだ、と。頭には疑問が浮かんだ。何をやったんだ?、と。そいつは何かをやった、でも、何をやったのか分からない。しかし、頭ではわからなくても体は動いていた。


 手に持った包丁を握りしめ、全速力でそいつへと向かう。この包丁でそいつを切り裂くために。そいつを殺すために。だが………、


「……まだ残ってたんだ」

「あぐっ!!?」


 私は簡単に弾き飛ばされしまった。


「やあ。どうだい? 日常が崩壊した感じは。君の大切な存在もいたのかな。それなら、それを失った気分は?」


 そいつは話しかけてくる。弾き飛ばされ地面に這いつくばる私に向かって。


「悲しいかい? 悲しいよね。だよね。分かるよ。それに僕を殺したいんだよね。それも分かるよ。そんな目をしている」


 そいつは何かを思い出すかのような目で私を見る。懐かしむかのような憐れむかのような目で。


「……よし決めた。君は生かしてあげよう。師匠は全員殺せって言ってたけど君は特別に。君は生かしておいたほうが面白そうだ。きっと僕のためになる」


 ポンと手をたたきそいつは言う。私は生かしておくと。私以外の村人は全員殺したけど私は殺さないと。


「待ってるよ。君が僕のためになる日が来ることを。だから、頑張ってね。……じゃあね」


 そいつは一方的に私に話し、話し終えると空へと浮かんでいった。空へと浮かんでいき、ある程度のところまで上昇すると止まり、こちらへの手をかざす。


「ああそうだ。僕の名前を教えておくよ。僕の名前は………………」


 そして、かざした手から流星の様にいくつのも光が放たれる。その光はすべてを破壊していった。瓦礫も、血も、肉も。地面すらも。跡形もなく全てを。


 私の全てが破壊され、激しい衝撃と爆風に吹き飛ばされた私は気を失った。






「………………あ」


 気が付くと景色は変わっていた。先ほどの地獄のような景色はどこにもなく、広がるのは黒一色の世界。一点の光すら存在しない完全な黒の世界。そして、変わったのは景色だけでなく私も変わっていた。私は動けるようになっていた。さっきまでのように過去の私が動いているのを見ているのではなく今は私自身の意思で動けるようになっていた。


「………………………………」


 記憶の追体験はもう終わったのだろう。私はさっきまで見たことを思い出していた。忘れていた父と母のこと。村のこと。そして、あの男のことを。


 私の全てを破壊したあの男。私の家族を、私の村を、私の未来を。何もかもを破壊し去っていったあの男。あの男の名は……、


『マルク=ブラウン』

「え!?」


 突如声が聞こえた。黒一色の私しかいない世界で。


『私は忘れ、記憶から消し去ったその名前。でも、ワタシはずっと全部覚えていたよ』


 黒の世界から現れた一人の人物。一点の光もないこの世界でもその人物の姿は明瞭に精細に見ることができた。


 茶色の髪に茶色の瞳。幼さ残る何度も鏡で見た顔立ち。絶対に出会うことのないその人物が私の前に現れた。


「わ、私……?」


 ミイナ=ロジャースがそこにいた。


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