五十三話 心得 ③
「それでは、続いて先手必奪だ。ここで言う先手とは相手よりも先に有効な展開を作るための手を先手と言う」
相手よりも先に有効な展開を作るための手? 先に攻撃するってことかな?
「先に攻撃すればいいってことですか?」
「違うな。先に攻撃するだけでは先手とは言えない」
あれ違うんだ。先の手なんて言うから先に攻撃すればいいかと思ったのに。
「先手とは有効な展開を作るためのなのだから、先に攻撃したとしてもその攻撃が有効ではなければ先手とは言えない」
そっか。こっちが先に攻撃してもそれを防御されたら有効とは言えないか。あれ? でも、相手に防御させるって展開を作れたから有効と言える? 言えない?
「仮に先に攻撃したとしても防御されれば有効とは言えない。先程の私との戦いを思い出してみたまえ。私は君に先に攻撃させたがあれで君が優位に立てたりしたかね?」
さっき行った武闘会での戦いを思い出す。私が距離を詰め、コウジさんより先にナイフで攻撃したけどその攻撃は完全に防がれた。
私が振り下ろしたナイフはコウジさんに二本の指でつままれ、そこから引き抜くことも動かすことすら出来ない状態になった。離された時にはよろめき、距離を取ったものの次にコウジさんが攻撃した時反応出来ず私は負けた。そんな戦いだった。
「あの時君は私に武器を抑えられそれに伴い動きも抑えられていただろう?」
確かにナイフを抑えられたことでそれを持つ右手も動きを抑えられた。さらに、ナイフと右手が抑えられたことで距離を取るなどの動きも連鎖的に抑えられていた。ナイフを離せば動けるけどナイフを失う。ナイフを離さなければ右手は使えない距離も取れない。
「さらに、ナイフを抑えたことで私は君の選択を見てから行動出来るようになった。君はまずナイフを離すか離さないかの選択をしなくてならないが、私はとりあえずナイフを持ち続ければいい。君よりも決めることが一手少なく、優位であると言える。だから、あの時先手を取ったのは私だ」
なるほど。逆にコウジさんはナイフを抑えたことで私より優位に立ったのか。私はナイフをどうするかまず決めないといけない。でも、コウジさんはとりあえず離さなければいい。私が離そうと離さなかろうとナイフは抑えられることになるのだから。
それに私がナイフの選択をしている時にコウジさんは次の選択が出来ていた。私がまずナイフを離す離さないを考え決め行動し、その後次に何するかを考えるのに対して、コウジさんはいきなり次に何するかを考え決め行動出来た。私がナイフに関して決め行動する時にコウジさんはもう攻撃することだって出来た。
あの時、私は先に攻撃したけど先手を取ったのはコウジさん。それに次にコウジさんが攻撃してくる時も先手を取られまくってた。
「さて、先手が何か分かったところで先手必奪、先手を取るためのコツを教えようではないか」
先手を取るためのコツ。これをちゃんと聞いてれば私も先手必奪を会得できるかも。大人の魅力講義と同じぐらいちゃんと聞かないと。
「コツとしては三つだ。一つ、自分がされたら嫌なことを考える、二つ、相手がされたくないと思っていることを考える、三つ、相手がしたいと思っていることを考える、の三つだ」
「……え、それだけですか?」
先手必奪のためのコツって言われたからもっと難しいこと言われるのかと思ってたら、随分普通のことしか言われなかった。
「ああ、これだけだ。これはあくまでコツだからな。だが、このコツを掴めば力が対等か少し上ぐらいの相手なら先手を取れるようになるぞ」
おおっ、格上相手にも有効になるなんて。普通のことかと思ってたけどちゃんと聞いとかないと。
「このコツはそれぞれ単独のものではなく連動しているものだ。私が言った順番に行いたまえ。まず、第一段階としては自分がされたら嫌なことを考えるだ。これは、と言うより三つ全て言葉通りだが、自分がされたら嫌なことを考え、それを防ぐために動けと言うことだ」
コツ第一は自分がされたら嫌なことを考え、それを防ぐために動く。まあ、基本的なことかな。
「例えば、弓を持つ者と戦闘になったとしよう。この時、ミイナなら何をされるのが嫌かね?」
弓を持ってる敵と戦闘か。私は飛び道具とか持ってないし、魔法で遠距離攻撃なんてことも出来ないから、私がされたら嫌なことは、
「遠くから弓を打たれることです」
ずっと遠くから弓を打たれ続けるのは嫌だなぁ。私対抗手段がないし。
「ならば、それを防ぐためにはどうする?」
「うーん、近づく?」
「そうだ。これが第一段階だ」
これが第一段階、自分がされたら嫌なことを考える。嫌なことをさせないために動く。遠くから打たれるのが嫌なら近づく。……でも、その近づくのが難しいと思うんだけど。
「……心得はあくまで心得だ。近づくのが難しくて出来ないと言うのは自分の実力が足りないのだ。精進したまえ」
ぐっ、また心を読まれた。私そんなに顔に出てるかな? いや、問題は私じゃなくてコウジさんが心を読む魔法を使えるのかもしれない。
「では続いて第二段階、相手がされたくないと思っていることを考える、だ。これも言葉通り相手がされたくないと思っていることを考え、それをするということだ」
「なんだか性格悪いですね」
相手がされたくないと思ってることをしてやるって性格悪いなぁ。シオンさんなら嬉々としてやりそうだけど。
「別に性格は関係ないさ。言い方を変えれば相手の弱点を突くだ。それにそもそも戦いに綺麗も汚いもないだろう? まあ、私は常に綺麗で美しいのだが」
まあ、確かに戦いに綺麗も汚いもない。それにそんなこと私が言える立場じゃなかった。奇襲、不意打ち、カウンター汚いと言われるようなことばかりしかしてなかった私。
「先の例えの続きを考えよう。弓持ちに対してミイナは距離を詰めたいと考え、実行し成功したとしよう。それでは十分に近づけた状態で相手は何をされたくないと思っているのかを考えるのだ」
弓を持ってる敵がされたくないと思ってることか。うーん、弓は近距離で使うには難しいし、近距離での戦闘はしたくないと考えるかな?
「近距離戦闘はされたくないんじゃないですかね?」
「ふむ、そう思うかもしれないな。ならば、ミイナがすべきことは近距離戦闘となる。これが第二段階だ」
第一段階で近づいて第二段階で近距離戦闘をする。うん、普通。……合ってるのかな?
「あの、なんか普通なこと言ってるだけなんですが私の言ってること合ってますか?」
「ああ。何も間違ってはいないだろう」
「そ、そうですか……?」
「第一段階は君がされたくないことを考え行動した、これに間違いがあるはずがない。君が嫌だと思ったことを防ぐために動いただけなのだから。第二段階は合ってるかもしれないし間違っているかもしれない。他人の心を読むことなど出来ないんだ。だから、正解は存在するがしないようなものだ。気にしなくていい」
ええ……、気にしなくていいの?
「言っただろう? 心得は所詮心得。実力が伴っていなければ意味は無いし、実力があるなら心得がなくとも問題は無い。君を少しばかり助けるだけのものだ。とりあえず言えることは、精進したまえ」
「はい……」
まあ、私が完全に心得を会得した所でコウジさんやシオンさんに勝てるなんてあり得ないし、言われた通り実力をつけないといけないよね。心得は実力を少し補ってくれるようなものらしいし、こんな感じでもいいのかな。
「では、最後の第三段階、相手がしたいと思っていることを考える。これは相手より自分の実力が高い、もしくは何かしらの策がある状態でないと上手く行かないから注意したまえ。相手がしたいと思っていることを考え実際にさせてやるのだから」
「え?」
相手がしたいと思ってることを考えてそれをさせない為に動くんじゃないの? させちゃうの?
「先の例えなら、相手は遠くから弓を打ちたいと考えるだろう。絶対ではないが、自分がされたくないことと相手がしたいことは同じことになることが多い。これをさせないかさせるかが第一と第三の違いだ」
私がされたくないことと相手がしたいことは同じになることが多いか。確かに、例なら私も相手も遠くから弓を打つ、と言うことでしたいとしたくないになってるな。それを第一段階ならさせない為に動くんだけど、第三段階はそれを相手にさせる。危なくない?
「自分がしたいことを出来ている時は気分が良いものだ。相手より優位だと勘違いもする。そして、隙が生まれる。ならば、後はその隙を突くだけ。簡単だろう?」
どこら辺が簡単なのか分からないけど、うなずいとく。どうせ簡単じゃないと言えば精進したまえって言われるだけだろうし。
「第三は相手にしたいことをさせるだから相手より優れていないと返り討ちに合うだけだ。これは注意したまえ。だが、このコツを掴めば相手を自由自在に操ることも出来るようになる。やってみる価値は十分あるぞ」
相手を自由自在に操れるなんて。それはぜひとも掴まないと。
「さて、長々と講釈を垂れたが、どちらの心得も基礎となる実力があってこそだ。君にはまだそれが足りない。だから、今からは頭ではなく身体を動かそうではないか」
心得の授業はこれで終わりか。次は頭じゃなくて身体を動かす指導。コウジさんの指導って初めてだな。いったい何をするんだろう?
「よし、準備はいいか? ミイナよ」
「え? 準備って何の準備ですか?」
「決まっているだろう。これから行うことの準備だ。身体の準備、心の準備、装備の準備。済ませたか?」
いや、そんな準備なんて言われても。何をするのかも分からないのに。でも、そもそもそんな下準備がいるほどじゃなかった。装備なんてナイフ一本だし、身体も心も準備するほどすごいわけじゃないし。
「では、始めよう。頑張りたまえ」
「いや、あの頑張りたまえってなにぎゃっ!!」
「おいおい、よそ見はいかんぞ。準備したんじゃないのか?」
「いきなりなにするんですか! ううっ、痛い」
「何って決まっているだろう。指導だ。ひたすら私と組み手をする。最高に効率的で楽しい指導だ。ほら、行くぞ?」
「え、待っぐええ!!」
……師匠ってみんな同じ指導方法しかしないのかなぁ。
……痛い。