五十一話 心得
「よろしく頼むぞ。二人共」
私の旅に新たにリンさんの師匠であるコウジさんが加わった。
「よし、それではさっさと移動しようか。こんなところとはおさらばだ」
「え、武闘会はいいんですか? コウジさんまだ二回戦とか残ってるんじゃ」
私は負けたしもう終わりだけど、コウジさんはまだこれから二回戦と続きがあるのに。おさらばなんてしていいのかな? まあ、コウジさんの二回戦の相手ドンさんだけど。
「いいのだ。この子と出会ってしまったのだからもうこの大会に意味はない」
そう言えば、コウジさんが大会に出たのって優勝して残してきた娘に生存報告とかなんとか言ってたな。その娘と出会っちゃったし意味はなくなったかもしれないけど出場していけばいいのに。もったいない。
「さあ、早く行こう。時は金なりだ。さっさと王都を去ろう。シオンボーイ、馬車を用意してくれたまえ」
「え。俺が?」
シオンさんを自然とパシリに使うだと……? コウジさん、なんて恐ろしいことを……。
「まあ、いいけど」
あ、いいんだ。
「それでは出発致しまーす。到着致しましたー」
「えええ!?」
ええ!? さっきまで医務室にいたのにどこここ!? 一瞬で街中に移動した? ここはえっと、あっ! 冒険者の街だ!
「ミッちゃんなんで驚いてるの? 前も送ってもらったじゃん」
「え? ……あっ、そう言えばそうだ」
そう言えば前凹んでる時にも瞬間移動してたっけ。あの時はそんなこと全然気にしてなかったし、あんまり思い出したくもなかったし……。
「……ふむ。錯覚やまやかしではないな。素晴らしい魔法を使うじゃないか。やるなシオンボーイ」
「そりゃどうも」
コウジさんシオンさんに対して完全に上から目線なんだ。それに対してシオンさんも何も言わない。……いいなぁ。私も「シオンボーイお茶」とか言ってみたい。ぶん殴られそうだけど。
「さてと、じゃあビシバシ行くとするか」
「え」
いや私何も言ってないですよ!? そんなシオンさんに対してボーイとかお茶なんて言える訳ないじゃないですか! あっ、喉かわいてます? 今すぐお茶用意しますね! へへっ。
「負けたんだからしょうがねえだろ。勝てないお前が悪い」
「負けた? ……あっ。あれ!? でも、免除してくれるんじゃないんですか!?」
確かに武闘会前にベスト4以内に入れなかったら罰があるとか言ってたけど! でも、それってその道中でドンさんみたいな強い人に当たったら負けても免除されるとも言ってたはず。なのに何故!? コウジさんもめちゃくちゃ強いのに!
「いや、だって手加減して貰ったのに負けたしな。これはもう免除なんてありえねえだろ」
「ええ!? でも、手加減されても全く私が勝てる相手じゃなかったじゃないですか!」
「なんだ? 私を巡って二人は喧嘩しているのか? おいおい、止めたまえ。いくら私が強くて美して老若男女問わず全てを惹き付ける程魅力的な人物だとしても私を巡って争わないでくれ」
「ちょっと黙っててくれません!?」
争いの原因の一つにコウジさんもありますけど! ちょっと黙ってて! めんどくさい! って言うか、こう言っちゃなんだけど私こんな人に負けたんだ!
「じゃあさ、師匠の教えを受けなよ。修行にもなるし罰ゲームにもなるよ」
「罰ゲームとはどういうことだね?」
え、この人の指導を? いや、そりゃリンさんの師匠でとても強いのも分かってるけど、なんだか嫌だ。何されるか分からないし。
「技術も学べて、精神も強くなれるんじゃないかな!」
「何されるんですか私……」
技術は分かるけど精神ってどういうこと。いったい、何をされるんだ私。
「じゃ、ミッちゃん頑張ってね。ボク遊びにいってこよー」
「俺も俺も」
「え゛!」
え、ちょっと待って! リンさんもシオンさんもどこか行っちゃうの!? 指導は同時に行うんじゃないの!? ああ行かないで! リンさん! リンさん帰ってきて! シオンさんはそのまま行ってくれてもいややっぱり帰って来て!
「あっ、ああ……。行っちゃった……」
「ふっふっふ。二人きりになったところで始めようか。愛の熱血指導を!」
「帰って来てーー!!」
イヤーー!! リンさーん! シオンさんー! 帰って来て!! 助けて! 襲われるー!!
「……そんなに身構えなくとも何もしないさ。言っただろう? 私は嫌がるレディを無理矢理なんてことはしないのさ」
「じゃあ、指導受けるの嫌なんで私も遊びに行って来ますね」
「それは駄目だ」
「ええ……」
嫌って言ったらしないんじゃないの……? 私もレディだよ?
「レディに対してはそうなんだがな。君は私の弟子であるリンの弟子。と言うことは私の孫弟子だ」
「まあそうですね」
「そして、私は例えレディだろうとも一度弟子となればレディ扱いはしないと決めている。弟子は弟子として扱う。男性でもレディでも人間でもない。弟子だ」
「人間ですらない!?」
弟子となれば人間扱いすらしてもらないなんて! 私はもう人間でもレディでもなくて弟子という種類になってしまったのか……。
「ふっ。だが、安心したまえ。私の指導は何も辛くはない。君はもう既に身体の基礎はある程度出来ているようだ。だから、私は心の指導を行おう」
「心?」
心の指導? 滝に打たれて心を鍛えるんだー!……とか?
「私がこれから教えるのはたった二つの心得だ。たった二つだが、これらのもと行動が出来るようになれば君は今より遥かに強くなれる」
たった二つの心得のもとに行動出来るようになれば遥かに強くなれる? たった二つだけで?
「では、言おう。心して聞きたまえ」
ごくり。そんなすごいことならちゃんと聞いておかなきゃ。心しよう。心した。
「その二つの心得とは『明鏡止水』と『先手必奪』の心得だ」