シケン 3
……狙っていたのか?
あの簡易な張り紙は、こちらの気を惹くための戦略だった?
「掲示板にある10団体ほどのサークルの中で、活字だけの掲示物は広告部だけです。だからこそ、魅力的なコピーも、アイキャッチも必要ない。特に新入生であれば、学生課からの情報に敏感なので、事務的な印刷物の方がより注意を引ける。あとは、高宮くんが体験したことが、あの形にした理由です」
……僕の思考は、まんまと広告部の思惑通りに動いてしまった、ということか。
おそらく活動内容が書かれていなかったのも、まずここに来て直接内容を説明するためだったのだろう。
広告という名前のついたサークルであれば、それなりのものが作れるはず、という考えを逆手にとって、他のポスターと相対的な掲示物にしたのか。
僕は広告部の先輩たちの姿を想像し、想像上のスペシャリスト集団に対して尊敬すら覚えた。
「そこまで考えて……すごいです」
「まあ、良く言えばそうなんですが、今年から部員が僕だけになってしまったので、あれしか作れなかったんですよね。僕はポスターみたいな広告物は作れませんし」
「…………え?」
スペシャリスト集団が徐々に透明度を上げながら消えていき、目の前にいるキリン先輩の姿だけが残った。
とんでもない爆弾発言を、まるで照れるように笑いながら言っている。
それはもうサークルじゃないだろ……個人事業じゃないか。
よく廃部にならないなと思っていると、キリン先輩は僕の考えを察してかフォローしだした。
「たくさんいた部員がみんな辞めてしまった、というわけではないんです。単純に、この3年間部員が入っていないんですよ。でも、学生会館のポスターは今年卒業した4年生が手がけたものなので、ちゃんと広告部の実績です」
で、結局一人ってことじゃないか……全然フォローになってない。
「他に聞きたいことはありませんか?」
これまでの話で、広告部のことはだいたい分かった。
この面倒くさい先輩しかいない事を除けば、真面目に活動している良いサークルだと思う。
それに部員だって、今はいなくてもあの掲示物を見て新入生が入って来れば、活気を取り戻すだろう。
何より、ここで活動していれば、僕の求めていた答えが見つかるかもしれない。
だったら、僕の言うべき事は一つだけだ。
「……入部試験、お願いします」
そう言う僕を見て、キリン先輩は口角を上げて笑う……はずがない。
「よろしければ、今から始めますけど、時間は大丈夫ですか?」
腕時計を確認すると、15時を過ぎたところだった。
入学式の後は、先日貰ってきた無料の求人情報誌からアルバイトの募集に応募しようと思っていた。
この試験の後でも十分に間に合うだろう。
「大丈夫です。お願いします」
キリン先輩は頷いて、諭すようにゆっくりと話し出した。
「それじゃあ、ルールを説明します。試験課題は一つだけです。時間制限もありませんし、何度挑戦しても大丈夫です。ツールは何でも使ってもらって構いません。何か質問は?」
てっきり、広告に関するペーパーテストを受けるものだと思い込んでいたが、違うらしい。
何でも使って良いとのことだが、念のため確認しよう。
「スマホでネットを使っても?」
「もちろん構いません」
「……わかりました。大丈夫です」
少々驚いてしまったが、もしかしたら小論文のような論述式問題なのかもしれない、と予想していた。
「それでは、直接手を触れずに、僕からコレを取ってください」
そういながら、キリン先輩は自分の耳部分を少し上に持ち上げた。
正確には、その耳はキリンの被り物をつまんでいる。