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conference note ; ターゲティングができません

 「私が思ってたより、年齢層が高いみたい。そう言えば、私たちも動物園って行ったことなかったし、若年層は興味ないのかな?」


 「確かに、僕は休みの日にわざわざ電車とモノレールで行こうとは思わないね、よっぽどの目的がない限り」


 「わ、私もです……先日の歓迎会で行かなかったら一生行かなかったかも」


 五条さんのそれは、流石に言い過ぎじゃないかと思ったのだが、まあ個人の感じ方はそれぞれだろうし流しておこう。

 キリン先輩からブレインストーミングを促された僕らは、イマイチ要領を得ないままに企画概要からターゲティングに活かせそうなワードをピックアップしていった。

 そうしている内に分かったのは、自分たちの経験の乏しさと、想像力の貧しさだ。

 残念ながら、僕らは社会に出たこともなければ、結婚したことも子供を産んだこともないし、高齢者になったこともない。

 あまつさえ、親に食べさせてもらっている身分だ。

 それで彼らの心理を理解するのは無理な話で、足りない理解を補うための想像力も圧倒的に足りなかった。

 それでも前に進まないと行けないのは全員が分かっているものだから、結局自分たちの届く範囲に目的そのものを寄せようとする動きが生まれる。

 つまり、ターゲティング目標を自分たちに近い存在にしようとしているのだ。


 「つまり、若年層の来園を促せば、お客さん増えるってことじゃない?」


 やっぱり。

 倉永さんの意見は確信的に自分達の都合の良い方向に、ターゲットを絞り込もうとしている。

 彼女だけでなく、僕らは自分の知っていることには饒舌に、知らないことには寡黙になってしまう。

 現状の実力では仕方のないことかもしれない。

 もしかしたら、そうしなければ一つの意見にまとめることも、具体的な広告制作に入ることも出来ないのかもしれない。

 それでも僕は、この流れがとても悪いことのように感じていた。

 残念なのは、その流れを断ち切るほど説得力のある言葉が出せないことだ。


 「うーん、どうなんだろ」


 このままで良いのかわからず、静観していたキリン先輩に意見を要求する意味で目配せをしてみる。

 先輩はちっさい穴に突っ込んだポッキーをポクポクと小刻みに折りながら食べていた。

 相変わらず器用に食べるなとも、スティックタイプの食品はさぞ食べやすかろうとも思う。

 僕の視線に気づいた先輩は、


 「シェアハッピー?」


 「いりませんよ! ……で、どう思います?」


 視線の意味を『ポッキーください』だと思われたのはタイミングから仕方ないとして、あまりに呆けた反応で僕らのブレインストーミングを聞いていたのか疑わしくなる。


 「若年層にターゲットを絞る、ということですね。アプローチとしては間違えていませんが、あまり絞りすぎると外す確率も高くなりますよ」


 なんだ、ちゃんと聞いているし、状況もわかってくれているようだ。

 一番欲しかった現状への批判的な意見を出してくれたことに安堵しつつ、僕が目配せしなかったらずっと黙っていたのだろうかと懐疑心も抱く。


 「広告を見ても来ないってことですか?」


 「いえ、そうではなく、あくまでターゲティングの話です。高宮くん、ダーツをやったことがありますか? では、真ん中のダブルブルに当てたことは?」


 「一度だけ」


 「では、ブルの上にある20点のマスは?」


 「覚えてないですけど、結構あると思います」


 「それです。ターゲティングとはターゲット、つまり的です。狙った通りに行かなくても、その側にある範囲にさえ当たれば良い」


 そういうと先輩は先ほどホワイトボードに書いた4Pを消して、また4つの項目を箇条書きした。


 ・デモグラフィック要因……性別、年齢など

 ・ジオグラフィック要因……エリア、気候など

 ・サイコグラフィック要因……価値観、主義、ライフスタイルなど

 ・行動要因……既存ユーザー、ブランド好感度など


 「こういう呼び名以外にもあると思いますが、一般的にはこれらの『属性』を、ターゲットを絞る時の視点として用います」


 なるほど、そういうことか。

 僕らはずっとターゲットをどうするか考えていたけれど、ほとんどはデモグラフィック要因に含まれる内容だ。

 食べ物をメインにするかどうか、高級感を演出するかどうかはサイコグラフィック要因を絞り込むことで決められる。

 動物園に慣れ親しんだ子供のいる世代をターゲットにするならば、行動要因を考慮する必要がある。

 これは、思っていた以上に難しい……。


 「じゃあさ、企画書にあった客層は何なの? これをターゲットにして欲しいって動物園側の希望じゃないの?」


 僕が抱くよりもよりきっと強く、倉永さんも五条さんも難しいと感じているだろう。

 それを言葉にしないだけで、彼女の声からは少なからず苛立ちめいたものを感じる。


 「いえ、この企画が誰に対して企画したものかを書いているのであって、広告のターゲットとしてではありません。もちろん、企画の主旨に合わない広告を作ったって効果はありませんけどね」


 納得したのかしていないのか、倉永さんは曖昧な相槌を打って資料に目を落とした。

 それにしても、


 「難しいですね。さっきの要因を考慮するとなると、より細かなデータが必要な気がします」


 僕がそういうと、今日一番の大きな相槌で五条さんも同意する。

 相槌も含めて今日一日で一番の意思表示かもしれない。


 「そう、だから広告を作る前にマーケティングが大事なんですよ。マーケティングを知らずして広告を語るなかれってね」


 「名言っぽく言わないでくださいよ」


 「いやいや、僕の先輩が遺した名言ですよ」


 僕らが今こうして教えてもらっているように、キリン先輩に広告のノウハウを伝授した人がいるんだろう。

 こうしてわからないなりに続けていれば、いづれは先輩のようになれるのだろうかと、一瞬考えもしたのだが、


 「あー、ちょっと蒸れてきたー。脱ぎたいー。これを剥ぎ取りたいー」


 自らをキリンと名乗りつつ平然と蒸れると言えてしまうこんな人のようにはなりたくないと、即刻却下。

 それからブレインストーミングを再開させたのだが、所々でキリン先輩のサポートはあれど、なかなか進行しないまま時間だけが過ぎていった。

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