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conference note ; 広告のお仕事

 「はーい、質問いいですか? マーケティングに含まれるのは分かったけど、これも広告業界の仕事なんですか? なんか、広告のイメージと違うと思ったんだけど」


 倉永さんが広告の仕事にどんなイメージを抱いていたかは分からないけれど、言いたいことはわかる。

 僕だって、CMやポスター作ったりキャッチコピーを考えたりするのが広告の主だったイメージだ。

 それしか僕らの目には届かないのだから、致し方ないと思う。

 でも、きっとキリン先輩が今僕らに教えようとしているのは、広告業界の内側、目に見えないところでやっていることなんだろう。

 でも待てよ。

 もしそうだとしたら、キリン先輩はなんでそんなこと知ってるんだ?

 9年生とはいえ、学生に知り得ることだろうか。


 「ご存知ないかもしれませんが、博通堂や電報などの大手広告代理店にもマーケティング部門があるんですよ。そして、もしかしたらマーケティングの最前線かもしれません。日本中の消費者と企業の情報があるでしょうからね」


 キリン先輩の説明に納得したのかしていないのか、ウンと一度頷いたものの難しい表情をしている。

 もしかしたら、僕やキリン先輩の考えている『広告の仕事』と、倉永さんの抱いているそれは違うのかもしれない。

 それに、五条さんも同様のイメージを抱いている可能性だってある。

 一応、確認しとくか。


 「もしかしてさ、倉永さんは広告の仕事って、広告をデザインすることだと思ってない?」


 「それだけだとは思ってないけど、メインはそうなんじゃないの?」


 なるほど、やっぱりか。

 僕も親父が広告業界の人間でなければそう思っていたのかもしれない。

 目に見えないのだから当然だけれど、実際にはそうじゃないらしい。

 制作部門にはデザイナーやディレクター、コピーライター、プランナーといった役割があって、業務が分担されているそうだ。

 倉永さんの抱いていたイメージなら、デザイナーやディレクターの業務にあたるだろう。


 「一つの広告が出来るまで、営業部やマーケティング部とのやりとりがありますから、倉永さんのイメージしているデザインの仕事はほんの一部なんですよ」


 僕の言おうと思っていたことを、そっくりそのままキリン先輩が代弁してくれた。

 その説明を聞いていた時、ずいぶん前に親父が言っていたことを一つ思い出した。

 これも何か関連があるかもしれない。


 「広告代理店にはマーケティングの研究機関なんかもあるんですか?」


 あれは仕事の愚痴か何かだっただろう。

 理解されていないことは気にも留めず、聞かせたいのではなくただ口に出したいって感じの愚痴だったから、こちらも記憶しようという努力は一切していない。

 ただ、もう二度と親父の愚痴を聞くことがないってことが分かった途端、記憶に覚えのない些細なことまで思い出す機会が増えたように思う。

 これもそうで、ナントカ研究所という名前が出てきたような気がするってだけの曖昧な、記憶とも思い出とも呼べない代物だった。


 「よく知ってますね。確かに大手の代理店にはマーケティングやデザインの研究組織や専門分野を調査、研究するシンクタンクなんかがあります。どうしてそれを?」


 「いえ、前にテレビのコメンテーターで経歴にあったような気がしたのを思い出したんです。やっぱり、そうなんですね」


 咄嗟の誤魔化しにしては我ながら上出来だ。

 出来れば家族の話はしたくない。

 あんまり明るい話題にはならないだろうし。

 まあ、倉永さんには地元の友人から耳に入るかもしれないが、僕と倉永さんを結びつける友好関係があるようには思えないし、可能性は低い。

 そんなに気にしなくても大丈夫だろう。

 そうこう考えていると、キリン先輩はチラとだけ時計を見て、議題を元に戻そうと話し出した。


 「おっと、話が脱線してしまいましたね。それでは、ターゲティングをして行きましょうか。まあ、皆さん初めてなんだし、どんな人がターゲットになりそうか、思いついたものをどんどん言ってみましょう」


 「それ知ってる。ブレインストーミングってやつでしょ?」


 倉永さんがドヤ顔でキリン先輩を見ている。


 「思いついたものをどんどん言ってみる会議の形式を何というか、ブレインストーミング、倉永さんお見事」


 「また番組違うし!」


 パネル25枚を奪い合うクイズ番組の司会者を真似るキリン先輩にまたしてもツッコんでしまった。


 「……さっきから何言ってんの?」


 「いや、だってさ、一体何局跨ぐんだよって、思うだろ普通」


 倉永さんはあまりテレビを見ないのか、全然ピンときてないようだ。

 その裏で、ずっと黙ってメモを取っている五条さんがひっそりと肩を振るわせて笑いを堪えていることに、僕は気づいていた。

 世界の不思議を発見する番組の辺りから、時々ああして堪えている。

 こうして一緒に過ごしていたら、いつか彼女が笑いを堪えなくて良いくらい、僕らは開けた関係になれるだろうか。

 そう考えた途端、即答とも言えるくらいの速さで、そして輪郭のはっきりした自分の声で返事が聞こえた。


 「それは無いよ」


 ……だよねー。

 知ってるから大丈夫。

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