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ギネン 4

 どうしてこうなったのか、今となっては考えることに意味はない。

 が、考えることを止むを得ない程度に、納得がいかない。


 「なあ、本当にコレの意味あるのか?」


 「私の予想通りなら、上手く行くはず」


 倉永さんは自分の作戦に自信満々のようだが、僕には不安要素しかない。

 もちろん、言うだけ無駄なのは分かっている。


 「……ならいいんだけど」


 「高宮くん、後で『ゆーたいりだつー』ってやりましょう」


 そしてキリン先輩は過去最高のハイテンションで絡んでくる。

 しかも平気で古いネタをぶっこんでくる辺り、ジェネレーションギャップに対する恐れを知らないらしい。


 「先輩は黙っててください。てか、よくこんなん四六時中着けていられますね! 5分で心が折れそうですよ!!」


 「いやー、やっと僕が天性のキリンだってことが理解される時が来たんですね」


 「そんな日は永遠に来ませんから」


 「ちょっと、二人とも黙っててよ」


 倉永さんに本気で怒られ、しょげたように首を折るが、僕とキリン先輩が反省しているようには見えないだろう。

 なぜなら、今、僕は、『キリン』だからだ。

 キリン先輩も相当な偽物ではあるけれど、僕は偽物の偽物。

 ドンキで買ったキリンの被り物には、裏面にMade in Chinaの刻印がはっきりと刻まれていた。




 これだけは断言しておくが、僕自ら望んでキリンになったわけではない。

 ことの発端は、昨日の部会で倉永さんがストーカーの犯人に心当たりがあると言い出して名探偵になったことだ。


 「犯人を知ってるのか? もしかして知り合いとか?」


 「名前とかは全然知らないんだけど、前にアンタのことをクラスの子に聞いた時、他にもあんたのことを調べてる人がいたって聞いたのよ」


 「……僕ってそんなに不審者扱いなわけ?」


 「そうじゃないけど、キリン先輩とつるんでる男って言ったらアンタしかいないでしょ? それでどんな人だったか聞いたら、髪の長い女子だったって」


 「ええー、そんなモテ期いらないんですけど。しかも特徴が髪型だけじゃ間口広すぎて特定できないよ……」


 「いや、ただ長いんじゃなくて、黒髪の目が隠れるくらい前髪が長い子なんだって。こないだ図書館ですれ違ったあの子だと思う。他にそんな子見たことないし」


 おいおい、冗談だろ。

 それはあの学食でキリン先輩を盗撮してた奴じゃないか?

 あんな長い前髪の女子を他に見たことないし、ほぼ間違いない。


 「そいつ、前に学食でキリン先輩の写真撮ってた奴だ。こっそりスマホで撮ってたから、注意しようとしたら全力で逃げてったよ」


 「……それってさ、キリン先輩を撮ってたのかな?」


 確かあの時は、キリン先輩の左後方、僕から見て右前方からスマホを構えていた。

 ……なるほどね。

 キリン先輩の後ろ姿じゃなくて、被写体は僕だったってことか。


 「なんだか面白い話になってますね」


 キリン先輩はドアから入ってくるなり、他人事のように楽しそうな声で会話に入って来た。

 いやまあ、他人事なんでしょうけど。


 「先輩どこ行ってたんですか。色々聞きたいことがあるんですよ」


 「いや、お二人に飲み物でも差し入れしようと思って」


 そう言うと先輩は缶コーヒーを3本とプリンを一つ机に置いた。


 「確実にプリン買いに行きましたよね」


 「気のせいです。そんなことより、そのストーカーさんの居場所、知りたくないですか?」


 楽しそうなのはあくまで他人事だから仕方ないとしても、やっぱり少しイラっとくる口調だった。


 「その子の居場所をご存知なんですか?」


 当事者の僕より倉永さんの方が本気に見えるのは気のせいだろうか……。

 眠っていた探偵魂に火がついちゃったとか?


 「いいえ、知りません」


 この人はいつもこうだ。

 突拍子も無いことを平気で言う。

 でもそれが常識や道理を逸脱していたことはない。


 「居場所は知りませんが、本人に聞けばいいんですよ」


 「聞くって、どうやって……」


 「高宮くん、グラハム・ベルが発明してもう100年以上になると言うのに、まさか知らないんですか? これは電話と言って、離れた人と音声を……」


 「知ってますよ! まさかその子の連絡先を知ってるんですか?」


 「ええ、部の見学に来られた時に連絡先を聞いていましたから。えーっと、確か名前はー」


 キリン先輩はスマホの画面をスクロールし始めた。

 電話帳からその女子生徒を探しているのだろう。

 先輩の電話帳に何件の登録がされているのか知らないが、外見の特徴もあることだし特定するのは容易に思える。


 「あった、五条さんだ。じゃあ、連絡してみましょうか」


 五条……思い返しても知り合いにその名前は思い浮かばなかった。

 比較的珍しい苗字な気がするし、名前がわかっただけでも本人を特定できそうだ。

 まあ、本当にその子がストーカーかどうかはわからないんだけど。

 キリン先輩がスマホの通話ボタンを押そうとした瞬間に、倉永さんが慌てて立ち上がった。


 「待ってください! 連絡して、どうするつもりですか? 高宮くんに近づくな、とでも言うんですか?」


 「なにその三角関係! キリン先輩と僕が付き合ってるみたいじゃん!」


 自分で言いながら想像して気持ち悪くなる。

 確かに、倉永さんの言う通りだ。

 僕の身辺を調べているのは事実だとしても、僕以外からそれを指摘されたところで彼女が素直に応じるとは限らない。


 「そういう設定にして追い払うのも手では?」


 「いやいや、その子が口外しないとは限らないじゃないですか! 先輩と違って僕は素顔晒してるんですから」


 「じゃあ、高宮くんもキリンになればいいのに」


 「そんなストローじゃないと飲み物飲めない顔にはなりたくないです」


 「えー、缶コーヒーはストローで飲むと鉄っぽい味がしなくて美味しいのに。でも、どうするんですか? 大学内で見つけても、また逃げられるのがオチですよ」


 学食での出来事を思い返してみたが、確かに尋常じゃない速さで逃げていった。

 あれを捕まえるのは猟友会の方に麻酔銃を使ってもらうしか手がなさそうなものだ。


 「高宮くん、やっぱりキリン被りなよ」


 僕とキリン先輩のやりとりを聞いていた倉永さんが、やっぱり名探偵のような口調で言った。

 口角を上げ笑ってはいるが、なぜかしら威圧感を感じる。


 「なんで被んなきゃいけないんだよ。キリン先輩とカップルのフリとか嫌だからね」


 倉永さんは僕の主張に耳を貸すことなく、キリン先輩にも探偵口調で語り出した。

 どうしよう、じっちゃんの名にかけて!とか言い出しそうな雰囲気だ。


 「先輩、その子は見学に来た時は普通に会話してたんですよね?」


 「もちろんです。入部するかどうかは検討になりましたけど、広告に興味があるって言ってましたし、入ってくれそうな雰囲気だったんですけどね」


 「やっぱり……。あの、私に考えがあります」


 「どうするんだよ。一応言っておくけど、荒っぽいことはやめてくれよ。僕が実害を受けたわけでもないんだし」


 「そんなことしないわよ。アンタは黙ってキリン被ってればいいの」


 十分荒っぽいと思うんだが、ワトソンがホームズの邪魔をすることはできない。

 そもそも、僕は助手じゃなくて被害者なんだが……。

 倉永さんはカバンからノートを取り出し、なにやらシナリオのようなものを書き始めた。

 何度か書いたり直したりを繰り返して、キリン先輩に渡す。


 「先輩はこの流れで、明日その子を部室に呼び出してください。私と高宮くんはパーティーグッズの売ってそうなお店でキリン探して来ます」


 「わかりました。では、そちらの準備ができたら連絡してください」


 倉永さんは席を立ち、僕の背中をカバンで叩きながらついてくるように促した。

 なんでそんなに熱心なのかはわからないけれど、今はありがたく協力してもらおう。

 面倒なことになったと思う一方、キリン先輩と二人だけだったらありえない展開に、少しだけ楽しいと思ってしまった。

 もちろん、そんなことは口が裂けても言えないけれど。


 「じゃあ、また明日」


 キリン先輩に挨拶すると、先輩は缶コーヒーをストローで飲みながらこちらに手を振る。

 部室を出る間際、倉永さんは思い出したように立ち止まり振り返った。


 「そうそう。先輩、私は彼と違って素性の知れないアナタをまだ信用していませんから、盗み聞きはバレないように気をつけた方がいいですよ」


 「……肝に命じておきます」


 なんだ、やっぱり名探偵じゃないか。

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