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キリン

口調の違和感を修正しました。2017.0406

 暑い。


 先日、気象庁が関東の梅雨入りを発表したばかりだというのに、真夏のように暑い。

 ジーパンのポケットからスマホを取り出し、天気予報アプリを起動してみた。

 最高気温29度……。昨日まで雨が降っていたことで、湿度も高くジメジメしている。

 冷房を使っている教室があってもいいものだが、一限目も二限目も、教室は冷房を使っていなかった。


 「不快だ」


 まずい。思わず口に出してしまった。

 変な奴だと思われたのではないかと、昼休みで混雑した学生食堂を見回してみたが、僕の周りには誰もいなかった。


 気付いたことがある。

 漫画やドラマにあるような、いわゆる『キャンパスライフ』を、僕は早くも失くしてしまったらしい。

 同じ志を持った仲間と勉学に励んだり、サークルで和気藹々と楽しんだり、そこで知り合う女子と恋に落ちたり……そんな『キャンパスライフ』を思い描いて辛い受験勉強の励みにしていた。

 というか、それ目当てで大学生になったことを、素直に認めよう。

 だが、入学してこの1カ月の間『キャンパスライフ』な時間は1秒もなかった。

 これからも、ないと思う。

 それを証明できる状況証拠が揃っているため、早々に諦めることにしたのだ。

 我ながら卑屈な考えだとも思うのだが、この境遇に陥って卑屈にならないような強靭な精神力があるのなら、8月の誕生日にはそれをください。


 やめよう。ちょっとネガティブになりすぎた。

 『今はそうでも、これから良くなるかもしれないじゃないか。ポジティブにいこうぜ!』

 脳内に作り出したポジティヴ野郎に慰められながら、学食のカレーうどんを啜る。

 旨い。いや、それより熱い。熱いけど旨い。

 この感じが、食後の講義中に清涼感をもたらすと信じてひたすら食べる。

 無心に食べていると、正面の席の椅子が動いた。

 嫌な予感しかしないが、脳内ポジティブ野郎が『そんなことないさ! 顔を上げなよ!』とハイテンションで急かしてくる。

 急かされるまま、顔を上げる。

 その時、脳内ポジティブ野郎が全速力で走り去っていくのが見えた、ような気がする。もうお前は出てくるな。

 同じサークルに所属している先輩が、前の席に座るところだった。


 「高宮くん、そんな白いシャツでよくカレーうどんを食べようと思いましたね。ここ、いいかな?」


 「座る前に聞いてください。先輩も暑い日には熱いものを食べた方がいいですよ」


 「目には目を、白シャツにはカレーを、ってことですね」


 否定したかったが、確かにシャツにシミを作りたくないので、悟られない程度にゆっくり食べることにした。

 この面倒くさい先輩こそ、入学僅か一ヶ月で僕の『キャンパスライフ』を消失させた張本人だ。

 そして、学内で最も有名な変人。

 名前はキリン。

 もちろん本名ではないが、この人を見た誰もがそう呼んでいる。

 見たままの呼び名で、捻りがないなと僕は思う。


 「先輩、それ暑くないんですか? 今日は特に蒸れそうですけど」


 「サバンナに比べたら日本は常に涼しいですよ。蒸れるってのはよくわからないけど」


 ……サバンナ生まれという設定なのか。どうでもいい。

 この先輩の顔は、キリンだ。

 もちろん、どう見ても被り物で、偽物だった。

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