ドクタージョーク その3
「おい起きろ、起きろって」
……なんだ?体が揺すられてる?
誰だよ。
まだ眠いんだよ。
むっさんか?むっさんなのか?むっさんだったら鳩尾に蹴り入れてやるからな?
瞼を開けると、骨が僕の身体を揺すっていた。
骨みたいなって比喩じゃない、正真正銘の骨だ。
肉が一切ついていない骨だけの手が僕を揺すっていた。
あの骨野郎め、何の用だよ。
なんでまた起こすんだ。いつもなら、学校に遅刻しそうになっても絶対起こさないで、慌てふためく僕をにやにやして眺めてるのに。
今日に限ってなんなんだよ、まったく……。
「……なんですかね?」
不機嫌全開で言ってやった。
「お前……その頭、どうした?」
グリムが不思議そうに尋ねてくる。
……頭?触ってみると布っぽい感触がした。
……ああ、壮也さんが巻いてくれた包帯か。
突然、自分の息子が頭に包帯巻いて寝てたら不思議に思うよな。
しかし起こすなよ……ああ、眠い。
「こけた」
眠いので過程をすべてすっ飛ばした簡潔な説明をしてやった。
「……にしては派手にやったな、おい」
グリムは心底呆れて、ため息交じりに言ってくる。
悪かったな、こんな息子で。
……ああ、文字のことを訊かなきゃ。
「なぁグリム、昨日の晩。あの子の寿命に文字が見えたんだが」
グリムが固まる。
「……まじで?というか、会った?晩に?……お前も、やるようになったな」
色々と勘違いしているようで、にやにやしている。
なんにもやってないって、やってないから童貞なんだよくそったれ。
「多分お前が想像した事は、何にもしてないぞ」
「なんだ、つまんねぇ」
うるせぇ。
「話を戻すけど、あんのうんって文字とでぃ…でぃなんとかって文字が見えたんだが」
「ふむ……なるほど」
「どういうことなんだ?」
「さっぱりわからん」
グリムはさも当然の様に言い放った。
この骨野郎、全く役に立たないな。
「それ以外に変わったことは無かったか?」
「ああ、あんのうんが見えたら、寿命が急に4秒になったんだよ」
「ほう?それで、助けた結果が頭に包帯巻いた訳か」
「良く分かったな……でも、その後寿命が元に戻ったんだ」
「……元に戻っただと?」
グリムの顔が険しくなる。その表情に圧倒され、思わずたじろいでしまう。
「あ、ああ」
「どういう事だ……戻るって事はだ……いや……しかし」
グリムがなんかぶつぶつ言ってるので、とりあえず放置しておく。
役に立たなくても、煙草ばっかり吸ってても、見た目がただの骨でも一応こいつは死神だ。
この右目で見える事に関しては僕よりもずっと詳しい。
だからこいつの考えがまとまるまで、こうしておいた方がいい気がした。
窓の外を眺める、朝の眩しい日差しが辺りを照らしていた。
もう朝か。
ということは、津川の寿命はあと91日になったのか。
こんな風に朝と夜を91回繰り返せば、津川は死んでしまう。
どうすればいい?どうすれば助けられる?
「……伸治」
名前を呼ばれ、反射的に振り返る。
グリムは何かに気付いた様子だった。
「お前、死ぬ覚悟はあるか?」
「……は?」
この骨野郎はいきなり何を言い出すんだ?
「お前の好きな子を助けるために、死ぬ覚悟はあるかって聞いてんだ」
「ああ、そういうことか」
「それで、どうなんだ?」
死ぬ覚悟か、そんなものは当然できていない。
でも、生きたいと思った事は無い。
別に死んでもいい、むしろ死にたいとも最近考えてる始末だ。
「ああ、別に死んでもいいよ。いつも言ってるだろ?誰かを助けれるなら死んでもいいって」
それを聞くと、グリムは少し寂しそうな顔をした。
「……そうか、なら教えてやる。助ける方法を」
「方法?」
「お前がその子に近づけば、今回みたいに突発的な死が襲ってくる。その度に助けりゃいいんだよ」
「……それだけ?」
「ああ、”人の業”から助ける分にはそれでいい」
人の業だけ?
「人の業からって事は、ほかになんかあるのか?」
「それは、その子自身の問題だ。お前がどうこうできるもんじゃない」
「津川自身の問題……か」
津川の死の映像。
崩れ落ちるように倒れる津川。
やっぱりあれは、病気か何かなんだ。
津川と久しぶりに話した時に、気付いた。
あいつは元から細かったが、昨日あいつが僕の肩を叩いた時に見えた。
病的に細い腕。
筋が異様に浮き上がり、指は骨の形がはっきり見えるほど肉が無かった。
あいつは……何かに蝕まれてるのか。
僕じゃ救うことができない、何かに。