ドクタージョーク その1
前回のあらすじ。
電柱さん、突然の死。
それでは、お楽しみください。
幼い子供と、その両親が仲良く手をつないで歩いている。
賑やかなデパート。
たくさんの人々、皆楽しそうな顔をしている。
僕は、その光景を遠くで見ている。
……また、この夢か。
たしか、幼い僕がおもちゃがほしいって言ったんだっけか。
それで、最近できたデパートに連れて行ってもらったんだっけ。
なつかしいなぁ。
両親も、幼い僕も、本当に楽しそうな顔をしてどこかへ向かって歩いていく。
でも、ダメなんだ。
「……引き返せよ」
頼むから、引き返してくれ。
走った。
幼い僕と、両親のもとへ。
今なら間に合うんだ、おい、聞こえてるのか僕。
どれだけ走っても、幼い僕と両親はその分離れていく。
どうやっても、傍に行くことができない。
「おい……おい!引き返せ!」
僕の声が聞こえたのか、おかあさんは僕の方へ振り返る。
目が合った。
酷く、優しい顔だった。
「おかあさん!待ってくれ!頼むから……引き返してくれ!!」
おかあさんは、優しく微笑み手を振った。
そして、何かを呟く。
―――――――――――
「待て!!!」
「きゃあ!!!!ちょ?!ええ?!」
……きゃあ?
「いきなり起きないでよ!!心臓止まるかと思ったわよ!!!」
声のした場所には、津川がいた。
……あれ?
「お前……泣いてる?え?!なんで?!」
顔は涙と鼻水でぐっちゃぐちゃになってるし、泣きすぎだろ。
おまけに津川に浮いていた寿命は、
Disciplinam…
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変な文字が書かれ、すべて0になっている。
でぃす…しぷりなむ?なにそれ、読み方これで合ってるのか、違う気がする。
しかし、なんだこれ。見たことないや。
「そりゃ泣くわよ!」
は?
意味わかんねぇ……何が?
というか、何で津川がここに?
……いや、まずここがどこだ。
辺りを見渡すと、佐々木家から少し歩いた所にある田舎道だった。
しかも空は真っ暗。月はもう真上に登っている。
真夜中の田舎道で津川と二人っきり……は?
何でこんなことになってんの?
……分かんねぇ。
「すまん、これどういう状況だ?」
そう言うと、津川の顔は困惑する。
「……え?憶えて……ないの?」
「全く持って憶えてない」
「えーと……あたしが迷子になったって事は、覚えてる?」
迷子……ああ、公園でギター弾いてたら迷子の津川と会ったんだったな。
それで、津川の家族と連絡付けようとここまで歩いてきたんだっけ。
その後……その後?
全く覚えてない。記憶がそこから無いんだが。
「そこまではなんとか」
「携帯の電波が入るとこまで移動したのは?」
「なんとなく」
「電柱が倒れてきたのは?」
は?
こいつは何を言ってるんだ?
電柱が倒れる?そんな訳あるはずないだろ。
「電柱が倒れるってそんなわけ……うわ?!ホントだ!!」
僕のすぐ傍に、見事に倒れた電柱が横たわっていた。
マジかよ、電柱さんあんた……安全じゃなかったのか?
安全係数まで定められて作られてたはずじゃ……無かったのか?
「その電柱ね、あたしに向かって倒れてきたの。川島があたしを突き飛ばして何とか助かったのよ」
ほう、僕はそんな事をしたのか。
やるじゃないか、ちょっと前の僕。
憶えてないけどきっとお前はいい男だったんだろう。
「なるほど。それで、何故に津川は泣いてんの?」
「……あたしは助かったけど、川島が代わりに電柱の下敷きにされそうになってたのよ」
「されそうに?」
「川島、電柱から避けようとして躓いてこけたのよ」
……。
前言撤回だ、ちょっと前の僕よ。やっぱりお前は不細工だ。
「こけた時、思いっきり頭打って血が凄い出るし……白目向いて動かなくなるし……ほんと死んだかと思った」
「血?」
言われて頭を触ると、ぬるっとした感触と鈍い痛みが襲ってきた。
触った右手に、べっとりとした黒い液体が大量に付いている。
よく見ると、服まで黒い液体――僕の頭から流れ出した血が付いていた。
助けて名誉の負傷ならまだ格好つくけど、一人でこけて頭打って流血って……。
しかも、白目向いて気絶したらしいじゃん?
……死んだ方が良かったな。ダサすぎだろ、僕よ。
もういっそのこと死んでやろう。
このまま止血しないでいたら、出血多量で死ねそうだし。
血か……ん?いや、血は関係ないけど、なんか忘れてる気がする。
何だっけ……血?だから血は関係ないって、右手……手…?
あ、ギターだ。
……ギター?!
「ギターは?!ギターは無事か?!」
思わず立ち上がって、叫んだ。
「ひっ?!いきなり大声出さないでよ!心臓に悪いったら!!」
「悪い悪い、でもギターはどうなった?」
あのギターは、僕の命より大切なものなんだ。
「ギターは……ほら、あそこに置いてあるよ」
津川が指さした先には、ギターケースがあった。
ああ、そう言えば座った時にあそこに降ろしたんだっけ。
「ならよかった、後はどうでもいいや」
呟いた、その時。
僕の右目が、異変をとらえた。
91:59:31:43
寿命が……元に戻った?!
え?ちょっとまて、元に戻るだと?
今まで助けた人達は、寿命が見えなくなるんだが……ということは。
津川はまだ、助かってないのか?
……こけて頭打って流血までした僕の苦労は無駄だって事か?
うわ、それはきついぞ。
なんかどっと疲れてきた……。
「マジか……マジか」
思わずしゃがみこんでしまった。
もうなんか、ねぇ?この状況、酷すぎない?
「え?ど、どうしたの?!気分悪いの?!」
慌てて駆け寄ってくる津川。
気分は……まぁ確かにすごく落ち込んでるけども。
落ち込み過ぎて津川の顔が見れない、見る気にならない。
アスファルトについた僕の血のシミをただただ眺めていた。
ああ、マジで死にたい気分だ。もう疲れたよパトラッシュ……。
「……あ。川島、ほらあそこ」
津川が僕の肩をバンバンと叩いてきた。
痛い、痛いって。
仕方ないから、顔を上げる。
……光?……あ、車か。
視線の先に、こっちに向かってくる黒い車がいた。
あれは……メルセデス?お金持ちですか。
メルセデスが折れた電柱の前で止まり、降りてきたのは憎たらしい程のイケメンだった。
お金持ちで、イケメン。
くそったれ。
ああ忌々しい。
イケメンはこっちを見て、困惑している。
折れた電柱、涙で顔がぐっちゃぐちゃになった女子高生、頭部から流血している少年。
……そりゃ誰でもこんな状況にあったら困るよな。
心中痛い程お察しします。
イケメンはしばらく考えた後、口を開いた。
「君!とりあえず病院いこうか!」