板 その1
前回のあらすじ。
天使って、本当にいたんだね。
それでは、お楽しみください。
「グリム、これって何?」
少年が物置から、黒い何かを引きずってきた。
「そいつはケースだ、中に楽器が入ってんだよ」
ケースを開ける。……J-45か、なかなか良いもの残してんじゃねぇか。
「グリム、これ弾ける?」
少年が期待の目を向けてくる、昔は弾けたが、今はどうだろう?
まあ、やってみるか。
調律して、昔の感覚を頼りに弾いてみる……意外といけるもんだ、うはは。
「……僕も弾きたい!教えて!」
少年に楽器を渡すと、少年は見様見真似で構える。
いいのか?俺が教えても?
「ほら、教えてよ!グリムみたいに弾いてみたい!」
……まあ、こいつがいいならいいんだろうな。
「任せとけ、この死神直々のテクニックを教えてやるよ」
―――――――――――――――――
幼い僕が、誰かに手を引かれて歩いている。
僕はその光景を、どこか遠くから見ていた。
……ああ、これは夢か。
幼い僕の右手には……お父さんがいる。
幼い僕が何か言ったみたいで楽しそうに笑ってる。
左手には……お母さんだ。
優しい笑顔で、幼い僕を見つめていた。
三人は手をつないでどこかへ歩いていく。
どこへ行くんだろう?
きっと楽しい場所にでも行くのかな。
遊園地とか、デパートとか、公園とか。
僕も連れていってくれ。
手を伸ばした。
そして、目が覚めた。
僕の視界には、古い木でできた天井と伸ばした右手が見える。
天井にぶら下がっている電灯が、豆電球の優しい明りを放っていた。
「……ぁぁぁ」
右手を伸ばしていた自分が恥ずかしくなって、気を紛らわすために声を出したら情けない声が出た。
伸ばしていた右手を降ろして、顔に当てると変な感触がした。
……これって、涙?え?泣いてたの?マジで?
17歳にもなって夢見て泣くなよ……情けねぇよ僕。
顔だけを動かし、壁に掛けてある時計を見ると時間は22:43分。
そりゃ暗いわけだ……ああ、そういえばあの後寝たんだっけ。
寝ぼけ頭を必死で動かして、寝る前のことを思い出す。
グリムから防ぎようのない死の話を聞いた後、僕はイラついているのか怒っているのか悲しんでいるのか自分でも良く分からない感情と、右目によって与えられた体のダルさに負けて寝たんだっけ。
それで?この豆電球はなんでついてるんだ?昼間っから寝たからついてるはずないのに……あ、グリムが付けてくれたのか。
……あれ、グリムは?
部屋の中を見渡したがどこにもいなかった。どこかへ行ってるのか。
まあいいや、そのうちひょっこり戻ってくるだろう。
とりあえず起きよう、眠くないし。
身体を起こすと、昼間より軽くなっていた。うん、体力は戻ってるみたいだ。
さて、起きたからには何をするかだ。
寝る?
……さっきまで寝てたじゃん。全く眠たくないぞ。もうちょっとアクティブに行こう。
本でも読む?
……そういえば、引き出しにグリムがエロ本隠してたっけ。いや、親父の性癖なんぞ知りたくない。
勉強?
くそったれ。
……よし、出掛けるか。いつもの公園に。
タンスの中から蚊取り線香を取る、夏はこれが無いと外はまさに地獄だ。あの嫌な音と共に、僕の血を吸う悪魔達が僕に群がってくる。これだから夏は嫌いなんだ。
あとはこいつを担いで……よし、準備完了だ。
さあ行くか。
意気揚々とドアに手をかけたが、簡単には開かない事を思い出す。出入りさせたくないドアってなんだよ、ドアの仕事を放棄すんなよ。
……窓から出るか。最近はドアから出入りすることが少なくなってきた。ドアは飾りです、偉い人には分からんのです。
外に出ると、昼間の地獄のような熱気は無くなっていた。昼間もこれくらい涼しかったらなぁ……そしたら夏もいいもんだと思えるのに。でもまあ、そうなると夏らしさなんてものは無くなるか。そんなくだらない事を考えながら、佐々木家の敷地を出た。
街灯もほとんどない道を進む。雲がほとんどないため、月の光がよく届いて歩くのには十分だ。これなら何の苦もなくあの公園へ行けるな。
早く行こう、いろんな思い出が詰まった公園へ。
―――――――――――――
30分くらいで、目的の公園に着いた。
夜の公園は、まるで世界に僕以外誰もいないんじゃないかって感じるくらい静まり返っていた。
ペンキが剥げて、少し木が腐ってきてるお気に入りのベンチに座り、蚊取り線香に火をつける。蚊達はこの臭いにさぞ苦しんでいるだろう。ざまぁみろ。
そして担いできた『こいつ』。
ギターケースを降ろして、中から古ぼけたギターを取り出す。
塗装の少し剥げた、古ぼけたアコースティックギター。
そう、今から弾くのだ。
こいつを、ここで。
この公園の周りには家どころか、建物すらない。山の中にあるため無駄に大きいけど、あまり人が来ないという税金の無駄遣いの象徴である。
まあ、ギターを弾くのに丁度いいんだけど。
佐々木家で弾くのはちょっと気が引ける、時間も時間だし。
だからよくこの公園に来て弾いている。ここなら気兼ねなく弾けるけど、たまに人がいると好奇の視線にさらされるんだ。これがまた、恥ずかしい。
しかし、子供たちには大うけだったりもする。弾いてると子供たちが寄ってきて、なんか弾いてとせがまれる。リクエストに応えると、それはそれは明るい笑顔を見せるのだ。それはちょっと嬉しかったりもする。
そして、その子供たちから『隻眼のギター小僧』なる名前を貰ったけど、どうなんですかねそれ。まったく嬉しくないぞ。
その『隻眼のギター小僧』と呼ばれる僕が持っているギター。
名前は、ギブソン J-45。
新品で買おうとしたら僕の今の経済状況なら到底手の届かない一品。僕のお父さんのもの、今は僕が弾いている。
「へたくそでごめんな」
塗装が少し剥げた部分を触ると、自然とそんな言葉が出た。その内びっくりするくらい上手くなるから、今は我慢してくれよな。
チューナーをヘッドに付けて調律する、最近はチューナー無しでも音が合うようになってきた。僕も成長してるんだな、ほんのちょっとだけだけど。
……よしこれでOKだ。確認のために適当にコードを弾く……うむ、音はあってる。
その後は、もう何も考えず弾いていた。左手と右手が動きたいように動かして音を鳴らす。ギターの弾き方はお金がないのでほとんど独学と、グリムに教えてもらった。
……ほんと、あの死神は何でも知ってるよな。
僕の脳から左手と右手へ、そして弦へ、弦から振動へ、そしてギターのボディに増幅された振動は綺麗な音となり、どこかへ飛び出し、僕の中の何かは発散される。
その何かとは、死の宣告を受けたあの子の事
助けられない自分への鬱憤も、その何かに混じっていた。その何かをJ-45は綺麗な音色に変えて外へ出してくれる。
僕の唯一の趣味。下手くそだけど最高に楽しいものだ。
さあ、今度は曲を決めて弾こう、何がいいかな。ジミヘン?無理だって。
……あれ?……人?
こんな時間に?
……ってそれは僕もか。
人影が近づいてきたが、途切れ途切れの雲が月を隠してしまい、あたりは真っ暗でよく見えない。遠くの街灯の明かりが、うっすらと人影を映し出しているくらいだった。
はっきり見ようと目を細めた。
その時。
92:00:23:13
突然、闇の中に浮かび上がった数字。
血の様に真っ赤で、終わりに向かって減り続ける数字。
まさか……何で……ここにいるんだ?
雲から抜け出した月が、弱い光を地上には放つ。
その光に照らされ、見覚えのある細い体が見えた。
そして、見覚えのある顔。
死の宣告を受けた少女。
僕の好きな少女。
「……なんでここにいるんだ?」
おかしいだろ、深夜の公園に女子高生がいるんだぞ?しかも一人で。
「……その声、川島?」
その声は震えていた。
また一歩、少女が僕の方へ近づいてくる。
「……本当に川島だ。……よかったぁ」
僕の顔を見るなり、少女は深い安堵のため息をついて、笑顔を向けてきた。
「なんで……津川はこんな場所にいるんだ?しかもこんな時間に」
疑問を素直にぶつけると、目の前の少女―津川は、人差し指で地面を指して言うのだった。
「その質問の答えになる質問をあげる……ここ、どこ?」
……え?
僕の思考は見事に固まった。うん、質問を質問で答えられたもん。
ここがどこだって?そりゃ公園だ…って、まさか。
「……まさか、迷子?」
尋ねると、津川はまぶしい笑顔と共に、右手の親指を立てた。
………。
………………………………いや…え?