表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神の息子  作者: 紫煙
1章 発端
4/10

易簀 その2


「グリム、聞きたいことがあるんだけど」


僕は早速訊くことにした、今日の異常な事態について。


「今日の紋ちゃんの下着はピンクだ、フリル付きの奴」


……なん……だと?!


「まじか?!」


思わず立ち上がってしまった。


なんせあの紋さんだぞ?現代に舞い降りた天使だぞ?その天使の下着姿だぞ?!


「マジだ。本棟に水飲みに行った時、紋ちゃんの部屋をすり抜けたら見えた、下着姿……あれは凄かったぞ」


マジか……ピンクなのか……凄いのか……。


「お前の右目にその時の記憶を映す事はできるが……どうする?」


マジですか?!見えるんですか?!紋さんの下着姿を?!


……ちょっと落ち着こう、みっともないぞ僕。


「……いやいや、そんなこと言ってどうせ見えないんだろ。からかうなよ」


必死に心を落ち着かせる。どうせこいつはからかってるだけだ、うん。


「お前の右目は俺の右目と同じものでできてるからな、俺の記憶を同期させることくらい造作もないぞ?」


……な…なんだと……?!記憶を同期させるだと?!死神すげぇ!


「……マジでできるのか?」

 

ごくりと唾を飲み込む、その音が狭い部屋に響いた気がした。それぐらい大きい音がした。


「まあ疑うのも無理ないな。ちょっと見せてやるよ、百聞は一見に如かずってやつだ」


グリムは自分の頭を右手で掴み、何やら呟き始めた。


すると右手が怪しく光り始める……あ、なんか見えてきた。


……これは…紋さんの部屋?……紋さんの脱いだ服が見える……ってことは、ああ!ダメ視ちゃう!視えちゃう視ちゃだめだ!けど視たい!うわやべぇ足見えてきた!くっそ目瞑っても見えてくる!


「ちょ、ちょっと待てグリム!」


必死に叫ぶと、映像が止まった。


……ふう、危ない危ない。色々と危なかった。


「どうした?視たいんだろ?下着姿」


そりゃ見たい、けどダメだ。


紋さんには本当にお世話になっている。だから、そういう対象として紋さんを見るわけにはいかないのだ、人として、男として。


……男としては見たいけど。


「そりゃ見たいけど!紋さんをそういう目で見るのは人としてダメなんだよ!それが人ってやつなんだよ!!」


グリムが怪訝な顔をする。


「律儀なやつだなぁお前、陰でそういうふうに見てても本人にバレなきゃいいだろうが」


この死神め、人としての尊厳を潰しにきてやがる。


それに僕は単純なんだ、陰でそういうふうに見てたら絶対態度に出てくる。うん、即行でバレるな。


「ダメなもんはダメ!」


はっきり言った、右目に映る紋さんのおみ足を眺めながら。


「ふむ……おみ足眺めてる奴が言っても説得力ねぇな」


ほら、もうバレてるよ。やっぱり態度に出てる。


「まあ黙って最後まで見ろって、中途半端に見るよりすっきりするはずだ」


そう言うと、また右手が光りだす。


……まてグリムやめろそれをしちゃああああああ!動いた!映像が動き始めた!視える!視えちゃう!上まで視え…………………………。


「どうだ?最後まで見た感想は」


グリムは楽しそうに笑っている。


気が付けば、僕は床に倒れていた。


「……天使って本当にいるんだね」


ああ、僕は最低なやつだ。


でも仕方ないだろ?男なんだから。


――――――――――――――


30分くらい経っただろうか。


僕は床に倒れたまま、天使の余韻を味わっていた。まったく、こいつはすげぇぜ。


……というか僕は何をしようと思ってたっけ?………あ、

 

「そうじゃないぞグリム!そうじゃない!」

 

飛び起き、叫ぶ。窓際で座っていたグリムがめんどくさそうにこっちを見た。


「なんだぁ?今度は全裸が見たいのか?」


それは違う、断じて違うぞ!お前はエロスを解っていない!


「全裸より下着姿の方がいいに決まってんだろ!!」


それを聞いたグリムは顎に手を当て考えていた、そして。


「……それは一理あるな、お前にエロスを教えられるとは……お前も成長したな。うん」


感心するように言ったのだ、って違う!


「お前に訊きたいことがあったんだ、それも結構重要な事だ」


それを聞いたグリムは本当にめんどくさそうな顔をした。


「明日でいいか?今日はもう眠いんだよ」


……落ち着けイライラするな。


もう勝手に質問してやろう、知るもんか。


「今日、痛みもなく右目が見えたんだ、未来の死の風景も」


一瞬、グリムが固まる。


「……なんだと?寿命は?視えたのか?」


さっきまでのめんどくさそうな態度とは違って、真剣そのものだ。


僕は言葉を続けた。


「見えたよ、いつもより桁数が多いやつが」


「本当に視えたのか、それら全部が?……おいおいまじかよ」


グリムは頭を抱え、唸っていた。


……え?こいつがこんなになったのは初めて見た。何か大変なことが起こっているのか?


「何が起こったのか、包み隠さず教えてくれ」


グリムに詰め寄ると突然、骨だけの手で肩をつかまれる。その手は氷のように冷たく、ごつごつして痛い。


「教えてやるがその前に一つだけ訊かせろ、視えた奴はお前にとって……なんだ?」


……は?なんだって?何が?質問の意味が分からないぞ、どういう事だ?


「お前にとってそいつは、大切な人なのかと訊いたんだ。恩人、親友、恋人。そんなやつらなのか?」


なんでそんなことを訊くんだ?


でも、グリムの表情は、声は、真剣そのものだった。その質問に、何か大切な意味があるんだろう。


僕にとってあの子は……

 

「……思いだ」


思わず声が小さくなる、はっきりと言えなかった。


「は?なんて?」


歯切れの悪い回答に、グリムは少し切れ気味になっている。


……仕方ない、はっきり言うしかないか。


「……好きな娘だよ、片思いだ」


その言葉を聞いたグリムは、酷く悲しい顔をして、


「……そうか」


一言だけ呟き、僕の肩から手を離してまた椅子に座った。


そして沈黙が訪れた……ほんの10秒くらいの短い時間。


だけど、辺りを包み込んだどんよりとした空気が、とても長く感じさせた。


グリムが口を開く。


「伸治」


グリムの目には強い感情が宿っていた。絶望でも希望でもない、強い哀れみの感情が。


……やめろ、そんな目をするな。


「その子は助からん。死ぬんだ……絶対に。」


……こいつは何を言ってるんだ?


死ぬ?


あの子が?……絶対に?


理解したくない、でもグリムが喋った言葉は簡単で、僕の脳に直接入ってくる。


助けられない、あの子は死ぬ、絶対に死ぬ。


固まっている僕を見ながらグリムは言葉を続ける。


「お前にやったその目。昔少し話をしたよな、覚えてるか?そいつは易簀〔エキサク〕の目という名前だ」


「……ああ」


「そいつは、神様の力でな。人の死ぬ風景と、寿命を使用者に見せる事ができる。俺たち死神の仕事をしやすくするために作られた目。ここまで話したよな」


易簀エキサク……昔グリムから教えてもらった。


人の死を見せる、死神の目。


「お前にやったその目は、人でも扱えるように力を弱めてある。だから、断片的な死の映像と、ほんのちょっとの寿命しか見えないはずだ。そして、死が近い者しか映らないようにしてある」


……だから、僕には死の数秒前しか見る事が出来ないのか。


「そして今日、お前が見たやつは本来の易簀が映す死だ。弱めた目でもそいつが見えたってことは……」


「……見えたら、なんなんだ?」


自然と、全身に力が入っていた。握りしめた右手に爪が食い込んで痛い。


「いろんな事が相まって強化された絶対的な死が、その子を襲ってるんだよ。死神でも救えない絶対的な死、救えるとしたら……いや、誰にも救えんだろうな」


……絶対的な死。死神にもどうすることのできない程の絶対的な死。


あの子は……死ぬのか。


あの子に浮かぶ数字が0になった時、あの映像の通りに。


力なく、崩れ落ちるように倒れて死ぬのか。


納得できない、したくないんだ。でも、グリムは人の生死については絶対嘘をつかない。10年も一緒に暮らして来たから嫌でも分かる。こいつの言った事は真実だってことが。


心の中でどろりとした感情が渦巻く。悲しみ、絶望、諦め。そんな感情だ。


「……視えた数字を覚えているか?」


「……え?」


数字?見えた寿命のことか?


「本来寿命は10桁に見えるんだ、年:日:時:分:秒って感じでな。神様に月の定義は無いからな。残りの寿命が一年を切ると左の2桁は消えて見えなくなる。その子の寿命を覚えてるか?」


10桁……まて、10桁だって?


「あの時見えたのは……8桁だけだった」


「……それなら、寿命の残りは1年を切ってるな。詳しい数字を覚えてるか?」


「たしか……」


92:15:00:08


「あと……92日」


たった92日、自分で言ってそう思った。


あの子は、あと92日しか生きられない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ