日常
死神の息子、と言うお話です。
なろうによくあるチートとか転生とかハーレムとか一切ないです。
ただちょっとだけファンタジー要素を取り入れた現実が舞台のお話です。
それでは、お楽しみください。
2005年 7月18日 14:40
「こいつをやるよ、俺たちの目だ。人に使えるかは知らないがな」
髑髏は笑ってそう言った、血みどろの中で。
「この目で何ができるの?」
僕は髑髏に訊ねた、血まみれのままで。
「目は見るだけさ、何かするのはお前自身だ」
髑髏は笑いながら言うと、僕の胸に骨だけの人差し指を当てた。
「お前は何でもできるんだ、なんせ俺の息子だからな」
そう言って髑髏は、もう一度笑い、僕の頭に手を置いた
肉が付いてない骨だけの手はごつごつしていて痛かったけど、とても優しかった。
だから僕はうれしくなって笑った。
血まみれのままで。
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2015年 7月15日 8:20
「くそったれ……」
太陽はまだ低い位置にいながら、自身の持つ全てを燃やし尽くす膨大なエネルギーを、光でさえ気が滅入るような距離の遠く離れた地球に、この日本に全力でぶつけて来ていた。
そのエネルギーを体全身で受けながら僕は歩いている。
滝のように流れる汗、くそ暑い。
太陽の光と熱に焼かれたアスファルトは、すさまじい熱と照り返しで僕の靴底と体力を奪う。さらに、空を自由に飛べるようになった蝉たちは、自身の持つ生命を騒音に変え、僕にぶつけてくる。しかも日本特有の湿度が高い気候のおかげで、じめじめした何かが僕の周りを渦巻き、肌に張り付きイライラするほどの不快感を押し付けてくる。
「ああ……くそったれ……」
夏は嫌いだ、とにかく嫌いだ。
最悪だ。
最悪の季節だよくそったれ。
しかし世の中には、夏が好きという変わり者もいるらしい。
何がいいんだろう?……フェス?近所の夏祭りでいいじゃないか、なんであんな昼間っから太陽を浴びながら飛び跳ねなきゃならんのだ。
夏祭りだと、夜だし涼しいし浴衣も見えるし変な踊りだって踊れるじゃないか。
コミケ?会場の形が気に入らない。
ビーチ?知らん。
山?涼しいけど虫が多いから嫌だ。
なぜこんなにも暑いのに、彼らはあんなにも元気なのだろうか。
彼らが変なんだ、きっとそうだ、そうに違いない。
僕のDNAは螺旋状だけど彼らのDNAは蛇腹織りで出来てるに違いない。きっとそうだ。
……さっきから独りよがりな事ばっかり考えてしまうのも夏の暑さのせいだ。
きっとそうだ。熱すぎて愚痴でも言わなきゃやってられない。もちろん口には出してない、出したら変人認定合格しちゃうよ。
黙々と歩き続けていると、同じく通学中の学生や、死にそうな顔のサラリーマンが同じ方向に歩いていくのが見えた。この先にある駅に向かっている集団かな。
いいなぁ電車。
僕は乗らないけどね。何故かって?お金がないんです、はい。
少し歩いた先に、金属の巨大な……なんて言えばいいんだ?鳥居?入り口?アーチ?……形容しがたい形の商店街の入り口が見えてきた。
僕が住んでるこの町の商店街は少し特殊で、商店街と言っても大きさが桁違いなのだ。
なんせ日本一。
日本一って聞くと大きそうだけど実際そんなにって感じがする。見慣れてるからかな?それでも昨今のシャッター街ブームが日本全域に来てる中、ここだけはブームに乗らず新しい店舗の導入や、古い店舗の改装、イベントもしょっちゅう開かれており、平日でも土日とあまり変わらないくらい人が来る。
田舎だからここ以外遊ぶ場所が無いのもあるけど、ものすごく元気である。
元気なのはいいことだ。
元プロレスラーも言っていたじゃないか。
うん。これ以上は言わない。
見慣れた商店街をいつものルートで歩いていく。
いつもの日常。
見慣れたいろんな店、見慣れた道に敷き詰められたタイル、見慣れた地方銀行、見慣れた謎のマスコットキャラクター、見慣れたメイド喫茶……一度行ってみたいな。
見慣れた掲示板に張られた張り紙達。
『野良犬注意!えさやるな!』
とか
『壊れたデパートの真実!手抜き工事が原因か?!』
とか
『うどん県、それだけじゃない』
とか。
……うん。ろくな張り紙がない。
そうして見慣れた信号、赤信号。いつものことだ。うん。
信号を待つ人の群れに加わり青色を待つ。
……待つ。
……この信号長いの忘れてた。
……暑い……日陰入ろう。
しかしこれもいつものこと。
これら全てが、いつもの日常。
僕は一人、群れから離れて日陰に向かった
その瞬間。
あの痛みが襲ってきた。
「・・・ぐぅうううう!!!」
悍ましい程の激痛。
あまりの痛みによろめき、しゃがみこんでしまった。
口からは自然とうめき声が漏れた。
……またか、くそったれ。
右目に、鋭い針を押し込まれた感じの痛み。
無論、本当に刺されてはいない。
この痛みが走った時、いつもの日常は壊れるんだ。
この痛みが走った時、見えるんだ。
未来の映像が。
右目を通って、脳まで直接映像が流れ込んでくる。
……ガラス?……それとプラスチックみたいなもの…血……人……これは野次馬か……まさか?!
立ち上がろうとしたけど、あまりの痛みにふらついて上手く立てない。
おい!しっかりしろ僕!
周りを見るんだ……どこだ……どこにいる?!
信号が青に変わり、人々は歩き始めた。
……まずいぞ…見つからない。
……あと……あと、何秒だ?
歩いている人々の方へ、ふらつきながら走る。
くそ!どこだ?!
……見つけた!あそこか!
紺のスーツを着ているサラリーマンに、「それ」が見えたけど、人に邪魔されよく見えない。
「くそっ!」
……叫ぶしかないか。
……やるしかない!
大きく息を吸った。
そして、
「とまってくださああああい!!!」
力の限り大声で叫ぶ。
歩いていた人たちも、サラリーマンをこっちを振り向き、止まった。
よし!今ならはっきり見える!
でも。
『それ』を見て、走るのをやめた。
もう、遅かった。
00:02
その数字は、血のように赤く光っていた。
00:01
遅かった。
00:00
今回もダメか……くそったれ。
辺りに甲高いタイヤのスキール音が響き渡る。
同時に、何かがぶつかる音が聞こえた。
酷く、生々しい音だ。
その瞬間、紺の服を着たサラリーマンは吹き飛ばされ、宙を舞う。
宙を舞う人。
その非現実的な光景を、周りの人達はただ眺めていた。
理解できてないんだろう。
……したくなかったのかな。
その時だけは、時間が止まったように静まり返っていた。
鈍い音と共に、サラリーマンは地面に落ちる。
それと同時に、止まった時間は動き始めた。
『きゃああああああああああ!!』
『う・・・うわあああああああ!!!』
一斉に悲鳴を上げながら、周りにいた人たちは恐怖に慄き、逃げ惑っている。
一部の人達は、野次馬根性丸出しでサラリーマンに近づき、その亡骸を見ては悲鳴とも感嘆ともいえぬ声を上げている。
それは、あの映像通りの光景だった。
割れたフロントガラスとヘッドライト。
亡骸から飛び出た血。
集まる野次馬。
「……くそっ」
そんな言葉が口から漏れる。
また、助けられなかった。
もう少し速く見つけれていれば、もう少し……。
悔しい、心の中がそんな感情で溢れかえっていた。
自然と右手に力が入り、歯を食いしばっていた。
「今日のは無理だ、目が見えるようになった時にはもう10秒だったからな」
聞きなれた声が聞こえていた。
あいつが、迎えに来たんだ。
「それでも、助けれる可能性はあったはずなんだ」
声のした方向を向きながら言った。
そこには、黒いローブを着た髑髏が空中に浮いていた。
「今日の奴は無いって……車なんてホーミングしてたしな」
ドクロはそう言いながら、サラリーマンの亡骸に触れる。
亡骸から優しい光のする『何か』を取り出し、懐に入れた。
「まあ、お前如きが『業』から助ける事は出来ねぇな。下手すりゃお前が死んじまうだけだ」
髑髏はそんな言葉を吐き捨てると、宙に浮き空を仰ぐ。
「おいグリム」
どうしても言っておきたい言葉があった。
グリムと呼ばれた髑髏はゆっくりとこっちを向く。
「あんたと同じ目を持つ俺なら……できないはずがないだろ!」
中指を立てながら言ってやった。
相手は死神だが関係ない、こっちは人間様だぞ?
「無理無理」
グリムは無い鼻で笑うと、まるで最初から居なかったかのように一瞬で消えた。
あの野郎……覚えとけ。
気が付けば、右目はまた闇に閉ざされた。
これが僕の日常。
死神に助けられ、死神と共に生きてきた人間の日常だ。