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心を決めたのなら、実行はすばやくしたい。
けれどもシャナル王子はほんとうにお忙しく、話などできる余裕などないまま夕方を迎えた。
これでは、シャナル王子が魔力充が辛いと嘆かれるのも無理はない。
いくら現在は非常時とはいえ、休む間もなくあちらこちらに呼び出されて魔力充をさせられ、お茶をゆっくりといただく時間もない。
大人だって、こんなにも魔力を使用し、休憩もしなければ倒れてしまうのではないか。
他に、変われる人間はいないのだろうか。
王や貴族が、国や地域、山河を守る場合は、その単位ごとに魔力を注がなくてはならない。
ひとつの国を数人の人間の魔力で染めれば、国が割れることになる。
ひとつの州、ひとつの街、ひとつの河、山。
国の上にたてられる守りも、その単位ごとに一人の力を注がねばならない。
だからこそ、王族や貴族は大量の魔力量が必須とされる。
けれども、シャナル王子が現在行っていらっしゃる魔力充は、多くは遠話などの機器を使用するために使われていると聞く。
それならば、複数の人間が魔力充をして、シャナル王子の代行ができるのではないかと思う。
でも……。
遠話のほとんどが軍の機密に関わるから、滅多な人物に魔力充を任せられないように、他の魔力充もシャナル王子が行わねばならない理由があるからこそ、こんなにも王子に無茶をさせているのだろうとも思う。
ハウアー様たちが、王子の健康状態にきづかっていらっしゃるのも、いまはもう、わかっている。
わたくしは、口出しなどできない。
それでも、頻繁に魔力充のために呼び出されるシャナル王子を見ていると、どうにかして王子の負担を軽減できないものかと考えてしまう。
シャナル王子の夕食のためのカトラリーをセットしながら、うつうつと考えていると、ハウアー様が声をかけてくださった。
「シャナル王子の健康状態は、きちんと把握しています。無駄なことで悩むのはやめなさい」
「ハウアー様。申し訳ございません、わたくし、つい……。王子のお体が心配で」
ハウアー様たちを信じていないわけではないのだ。
ただどうしても、お小さいお身体で、激務に耐えられるシャナル王子を見ていると、王子が心配になってしまう。
けれども、わたくしの謝罪を、ハウアー様はため息とともに退けられた。
「あなたは王子のことを心配だと言いますが、王子はあなたを心配していらっしゃいましたよ」
「王子が……?」
なぜ、わたくしを?
王子に心配していただくことなど、わたくしにはないはず……。
「顔色が悪い、と。あなたが家族思いだということは、王子はよくご存じです。ハッセン公爵とガイ・ハッセンが戦場に向かっている今、あなたがどんな思いをしているのかと気遣い、自分にはなにができるのかと考えていらっしゃるのですよ」
「そんな、王子が、わたくしをお気遣いいただくなんて。恐れ多い……」
思わず口から言葉がこぼれた。
けれどもハウアー様は、グラスの位置を整えながら、
「王子はご年少ですが、子どもではありません。すくなくとも、好きな人を気遣える程度には大人です。あなたとシスレイをここで働かせたのも、仕事をしているほうがあなたの気がまぎれるだろうからとおっしゃっていましたよ」
「……王子が、そんなふうにおっしゃっていたんですか」
「万事にわたって、王子はあなたを気遣っています。そのことに気づかないのなら、あなたのほうが王子よりも子どもなんですよ」
ハウアー様のお言葉は、厳しいけれども、正しい。
わたくしはにこやかな王子の態度を見て、王子はこの状況をきちんとわかっていらっしゃらないのではないかなどと考えていた。
お父様やお兄様のことを考えると、辛くて。
そんな王子の態度をほんのすこしも腹立たしく感じていなかったといえばうそになる。
王子は、わたくしのことを気遣って、シスレイの申し出を受けてくださっていたというのに。
わたくしは、なんて愚かなのだろう。
……そんなこと、いつもわかっているけれども。