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王子宮の小翼たちは、くすくすと楽し気に笑いながら言う。
「そりゃぁ、なにもない8歳の男の子に恋心を抱くのはありえませんわ。でも、あちらからあんなふうに情熱的に迫られれば、気持ちは揺れますわよ!」
「それに、相手はシャナル王子ですよ?幼いとはいえ、あの美貌。あの魔力量。将来有望なのは確実ですし、その方に自分だけが特別だと言われれば、わたくしでしたら好きになってしまいますわ」
「……で、では。皆様は、王子のことをそういう意味で慕っていらっしゃるのですか?」
だとしたら、問題だ。
8歳の王子の下で働く王子宮の侍官が、例え小翼とはいえ、私心をもって王子宮で働いているなんて……。
それでは、王子もおくつろぎになれない。
15歳を超えたころなら、時に王子の配偶者にと考える小翼を王子宮に配属することもあるという。
けれども、基本的には侍官は、小翼といえども官吏だ。
王子のお見合い相手では、ない。
むしろある程度の年齢に王子が達せられれば、配属される侍官も同性が多くなるはずで、王子宮の侍官が王子に恋心をよせるなど、あまりほめられたことではない。
わたくしは自分の噂のことを一瞬忘れ、彼女たちをじっと見据えた。
場合によっては、ハウアー様に報告し、なんらかの手段をとらねばならない。
同僚のことを上司に告げ口するなんて、嫌な気分だ。
けれども、シャナル王子に不利益になるようなら、職務としても、上司に告げなければなれない。
それに、王子宮の小翼がそんなふうな邪な私心をもって王子を見ているなんて、まだ幼い王子にとっては悪影響だと思う。
厳しい心持ちで、わたくしは王子宮の小翼たちを見た。
けれども彼女たちはきゃらきゃらと声をあげて笑う。
「いやですわ、リーリア様ったら。言ったでしょう?あちらから、特別な好意を寄せられれば心が揺れるって。こちらのほうからでは、さすがに礼式も前の子どもを恋の相手としてはみませんわよ」
「それに、王子相手なんて、ねぇ。それも王の養子ですわよ。場合によっては、王になられるかもしれないお方を相手に、恋だなんて。わたくしたち、もっと現実的ですの」
え……。
彼女たちが、王子を相手に邪な算段をたてているのではないことに安心する。
けれど自分たちも王子を相手に恋など考えないというのなら、わたくしにそれを勧めるのだろう。
「でしたら、おわかりでしょう?わたくしだって、皆様と同じ気持ちなのですわ」
「あら。リーリア様は、違いますわよ」
「王子は、あんなにリーリア様を慕っていらっしゃるじゃありませんか」
「すこしくらい魔力量がたりなくても、年の差があっても、許容範囲です。むしろロマンティックですわ!」
は、話が通じない……。
たった2か月とはいえ、わたくしも王子宮で見習いとして働いていた。
今でも、時折シャナル王子によばれて、この宮を訪れていた。
とはいえ、見習い期間は王子のご用を言いつけられてひとりで動くことが多く、ハウアー様付きだったこともあって、ハウアー様以外の方とはあまりお話したことがなかった。
お使いでこちらを訪れるときも、ほとんど王子としか言葉を交わしたことがない。
だから、知っているようで、彼女たちのことはしらなかった。
先ほどクノエ様とお話した時もすこし感じたけれども、侍官というのは常識がちがうのかしら。
それとも、シャナル王子宮の方がすこしずれていらっしゃるのかしら。
困惑でいっぱいになりながら、わたくしは傍らで目を丸くしているシスレイと目を交わした。
シスレイも呆然とわたくしたちを見ていたので、わたくしと目が合うと、こくこくと首を縦にふる。
……ここは、わたくしたちとは異なる理屈が通るところなのだ。
それも、王子の御為を思っての行動なのかもしれないけれども。