65
クノエ様に連れて行かれたのは、王子宮のシャナル王子の勉強部屋だった。
机の上に置かれた本を数冊手に取って、クノエ様はわたくしを見る。
「リーリアは、七位の小翼よね?王城の図書室には入室できるわよね?」
「はい。基本開架までですけれども」
「それで充分よ。この本を返却してきてほしいの。司書に手渡して、シャナル王子からお預かりしたと伝えてちょうだい」
「かしこまりました」
クノエ様に手渡された本は、分厚い王国地理の本だった。
すこし重いそれを落とさないようにぎゅっと抱きしめ、頭をさげる。
クノエ様は、すっとわたくしの全身に視線を滑らせた。
亜麻色の長い髪をやわらかくまとめているクノエ様は、やわらかな印象の女性だ。
年齢は40歳前後だろうか。
髪の色は金ではないけれども、シャナル王子のお母様と同年配の女性だ。
身近にこんな方がいらっしゃるのに、王子はこの方ではなく、わたくしにお母様の面影を求めていらっしゃる。
王子が王城に来られた時、わたくしがお傍に呼ばれることが多かったせいかもしれないけれども、不思議なことだ。
とはいえ、優し気なクノエ様だけれども、わたくしを見る視線はものの価値をはかる鑑定士のように冷静で、距離を感じる視線だ。
王子宮の侍官は優秀で、だからこそ傍にいると寂しく感じるときがある。
「仕事」としてここにいるわたくしでさえ、そう思うのだ。
生活の場をここにおかれている幼い王子は、なおさらだろう。
クノエ様がわたくしを観察されていたのはほんの数秒だろう。
束の間の観察が終わると、クノエ様はふっと視線をなごませ、暖かな笑みをうかべた。
「リーリア。あなたが王子宮に来てくれて、ほんとうによかった」
「……え」
クノエ様は、わたくしをじっと見て、せつせつと語りかける。
「わたくしたち王子宮に勤める者にとって恥をあかすようだけれども、シャナル王子はふだんはどこか緊張していらして……。ご自分のおすまいであるここですら、くつろがれた様子を見せられないの」
「そんな……」
「まだ幼くていらっしゃるのに、頭の良い方でしょう?きっといろいろなものが見えすぎてしまうのね。わたくしたち侍官にさえ、弱みを見せてはいけないと気をはりつめていらっしゃって。わたくしたちが、いたらないんでしょうけれども」
悲しそうに、クノエ様は眉をひそめておっしゃった。
とっさに否定しようとして、わたくしは口を閉じた。