63
王子もお茶が温められていることにすぐ気づかれ、はにかんだ笑みをうかべられた。
「水の温度を動かすのは、けっこう魔力いるのに。僕のためだね。ありがとう」
「いいえ、そんな……」
嬉しそうに言って、王子はカップにミルクを注がれる。
そんなつもりではなかったとは言えなかった。
意識なく使った魔術には、わたくし自身おどろいていたのだ。
水の温度をあげるためには、大量の魔力を要する。
先日、髪の毛に熱を加えて縦ロールにした時とは比べ物にならない魔力が必要なはずなのだ。
量はたったポットいっぱい、もともと温度が高かった紅茶とはいえ、沸騰に近い温度にするのは、わたくしの魔力量では無意識にできる技ではない。
それなのに、わたくしは無意識にそれを成し遂げた。
……どうやったのかしら?
「おいしいおいしい!」と王子からお褒めの言葉をいただきながら、わたくしは先ほどの自分の行動を思い返す。
そう、確か。せめて王子に熱い紅茶を飲んでほしいと考えて。
そして、前世のわたくしの母が愛用していたポットを思い出したのだった。
自動でお湯を沸かし保温するというポット。
あれを思い出しながら、ポットに触れた。
いつもと違うのは、もしかするとその情報なのかしら。
そういえば、前世のわたくしの「転生した場合」の研究では、前世の知識が元になって、魔力の使用量が増えたり、魔力が上手に使えるようになったりという現象がたびたび見られた。
わたくしも、同じように魔力がうまく使えるようになっているのかもしれない。
歓喜が、胸にわく。
いえ、まだ期待しすぎてはいけない。
魔力量が増えたかもしれないというのは、可能性でしかないのだから。
けれどもハッセン公爵家の娘としてふさわしい魔力量がないというのは、わたくしの幼いころからのコンプレックスなので、ついつい期待に胸がはずむ。
すぐにでも検討を始めたいけれど、今は仕事だわ。
シャナル王子は、ちまちまとフォークに豆をのせて食べている。
今更ながらにおもうのだけれども、ミルクティーと豆の煮たものって、あわないんじゃないかしら。
この豆、色合いから察するとトマト味だと思うし……。
食欲がなくていらっしゃるなら、栄養価の高いものを召し上がってほしいと思って豆を勧めたけれど、失敗だったかしら。
じぃっと王子を見つめていると、王子は「えへへ」と笑って、わたくしにカップをしめす。
「紅茶のおかわり、もらえるかな?そうしたら、ごはん、もっと食べられると思うんだ!」
「もちろんですわ、王子」
わたくしは、もう一杯紅茶を注ぐ。
今度は特に魔力は動かず、すこし冷めた紅茶がカップに注がれる。
濃い。
カップも取り替えていないので、紅茶の色は泥のように濁って見える。
いくらなんでも、これを王子に飲ませるわけにはいかないのでは、と思うのに、王子はご機嫌で、自分でカップにミルクを注いでしまわれる。
「うーん。やっぱりリアに淹れてもらった紅茶はおいしいなぁ」
にっこり笑って、王子はおっしゃる。
申し訳ないけれども、ぜんぜん嬉しくない。
わたくしだって、王子宮の侍官ほどではないにしても、それなりの紅茶は淹れられる。
こんな濃すぎるお茶を王子にお出しするなんて、不本意なのだ。
ふだん王子にお茶を淹れている侍官たちが不快な顔をしていらっしゃらないか、そっと確認する。
けれど、皆さま、感情を隠したやわらかな笑みで控えていらっしゃる。
さすが王子宮に抜擢される侍官である。
プロだ。
こんな残念な紅茶を、ふだん侍官の方が淹れていらっしゃる紅茶と比べて「おいしい」などと評する王子に、爪の先ほどの感情もお見せにならない。
……もっとも彼らのこうしたプロらしい態度が、王子をさみしく思わせる一因なのかもしれないけれども。