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わたくしが頭の中でメモを作成していると、王子はのんびりとした声で言う。
「違うよー。僕はね、どっちも別に好きじゃないんだ。リアがおすすめしてくれたものが好き、かな?」
王子はかわいらしく小首をかしげて、わたくしを見上げられる。
申し訳ないけれども、それでは参考にならない。
「でしたら、わたくしは栄養価の高いものをおすすめすべきですよね……」
どれがいいだろうか。
真剣にお皿の上を見つめて、豆の煮たものが最も栄養に優れているのではないかと検討をつけた。
「では、豆で」
「……ベーコンって言ってたよね?」
「ベーコンより、豆のほうが栄養価が高い気がするのです」
「うーん。まぁ豆でもいいけどね。リアが食べさせてくれるなら、どっちも食べちゃうよ?」
食べさせる?
ご病気でもないのに、王族の食堂という半分は公の場であるこの場所で、8歳の王子に食事を食べさせることは問題ないのだろうか。
王子のご要望にお応えするべきか、王子へ威厳をお持ちいただくようお願いすべきか迷って、わたくしは壁際に控えている侍官たちに目でうかがう。
すると彼らは、そっと目をそらし、ハウアー様を示した。
ハウアー様は、首を横にふる。
「王子。申し訳ございませんが、それもできかねます。誰かに見られれば、王子の威厳が損なわれますので」
「威厳ー?そんなの、なくっても困らないけどな。……うーん、じゃぁね。リアが紅茶をいれて。そうしたら、がんばってごはん食べるよ?」
「紅茶ですか?」
王子のカップには、まだ紅茶が残っている。
わたくしがそちらに目をやると、王子はあわててカップの中身を飲み干した。
「ほら!もうないから!ね?」
ちらりとハウアー様に目をむけると、ハウアー様は苦い表情で、首を縦にふる。
「かしこまりました」
わたくしがいうと、侍官がさっとポットを手渡してくれた。
そのタイミングは素晴らしいとおもうのだけれども、まだたっぷりと中身が入っているポットは、このままおいれしていいのかしら。
だいぶん時間がたっているようだし、紅茶の葉は開ききって苦くなっている気がするのだけれども。
「シャナル王子。いれかえましょうか?」
「ううんー、そのままでいいよ。濃いめの紅茶にミルクたっぷりが、最近のお気に入りなんだ」
それよりも、はやくはやく!と王子はわたくしを促す。
王子がお望みでしたら、かまいませんけど。濃い紅茶と、時間がたって出過ぎた紅茶は別物なのですが。
ミルクをたっぷりいれるのなら、せめて紅茶はあつあつにしたいのに、手に触れるポットの温度はさがってきている。
これでは、おいしい紅茶にはならないと思う。
……そういえば、前世のわたくしの世界には、不思議なポットがあった。
自動でお湯をわかし、保温もするというポットだ。
前世のわたくしは紅茶好きで、自動でお湯のわくポットのお湯ではおいしい紅茶はいれられない!と主張していたけれども、前世のわたくしのお母様はあのポットを愛用していた。
こちらの世界にも、あのようなポットがあればいいのに、と思う。
けれども飲食にそこまで魔力を使うのも、贅沢かしら。
……というよりも、ポットの中のお茶に、魔力で熱を加えるほうが簡単かつ魔力削減になる気がする。
「……っ?」
つらつらと考えながら、カップにお茶をそそいでいると、ふと体から魔力が流れていくのを感じる。
体内から流出した魔力は大した量ではなかったけれど、予期せず魔力が動いたので、一瞬、めまいがした。
もちろんその程度で紅茶をこぼすなんて失態はおかさず、カップにお茶を注ぎ終える。
けれどその紅茶を見て、どきりとする。
紅茶は、沸かしたてのお湯でいれられたように、湯気がたっていた。