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初恋はくだけても、おじ様はわたくしの憧れの人だった。
お兄様に恋をしてからも、それは変わらない。
恋ではなく、お父様に対するのと同様の思慕をおじ様に感じている。
おじ様の唯一の実子というのが、王の養子になられたユリウス王子だ。
おじ様が我が家に顔を出されるのはお仕事の帰りが多かったから、わたくしたちとユリウス王子が顔をあわせたことはほとんどなかったけれども。
ユリウス王子が王に召し上げられても、おじ様はわたくしとお兄様を変わらずかわいがってくださった。
だから、わたくしとお兄様にとって、おじ様は慕わしい方なのだ。
おじ様はわたくしの髪を撫でながら、笑った。
「それから、もうひとついい知らせだ。ザッハマイン襲撃の犯人は、シュリー州の軍人たちがほぼ全員捕らえたそうだ。残すは、主犯格の人間ただ一人。全員を捕らえるまではシュリー州の国境障壁を引き直すことはできないが、カールの指揮で他州の軍の人間もシュリー州に入った。捕まるのは、時間の問題だろう」
「まぁ!……よかった。ほんとうによかったですわ」
わたくしは両手を胸の前にあわせて、神に感謝の祈りを捧げた。
おじ様は、わたくしを切なげに見て、もう一度頭を撫でてくださった。
「……おじ様?どうかなさったの?」
「……いや。詳しい話は、もうすぐ発表されるから、そっちを聞いてくれな。俺も、今しか時間がとれなくてな。カールから、くれぐれもリーリアを頼むって言われていたのに、連絡もろくにできなくてすまなかった」
「そんな。おじ様もお忙しいのは承知しております。お知らせいただき、ありがとうございます」
お父様は、アルフォンソおじ様に、わたくしのことを頼んでくださったらしい。
このような非常時のこと、軍部の七将軍のひとりであるおじ様だってお忙しいのはわかっていらっしゃるだろうに……。
困ったお父様だとおもうけれど、嬉しくも感じてしまう。
「あー……、ところで、エミリオはどうだ?カールもガイも出動したから、今は家にリーリアとふたりだろう?うまくやっているのか?」
「ええ。まだぎこちないところもありますが、エミリオは良い子ですもの。仲良くしていますわ。おじ様は、エミリオをご存じですの?」
首をかしげてうかがうと、おじ様の表情が和らいだ。
「あぁ。面白い子だろう?彼のお父上を、カールは気に入っていてね。お父上に魔力があれば、いい貴族になっただろうと惜しんでいたんだよ。そうしたら、彼の息子が父親に似た性質で、魔力は貴族並ときた。これはぜひ養子にしたいって、カールはせっせと口説いていたんだよ」
「まぁ。お父様ったら、わたくしたちにはなんともおっしゃってくださらなかったのに」
思わず唇をとがらせると、おじ様はくくっと笑った。
「そんな顔をすると、リーリアはカールに似ているな。……あいつは自分がひねくれた子どもだったから、君やガイがあまりにいい子に育ったので困惑しているんだよ。エミリオを引き取りたがったのも、そのへんに理由があるのじゃないかな?」
「……わたくし、エミリオはおじ様のお子になられるのかと思いましたわ」
幼子をあまやかすようなアルフォンソおじ様の優しい表情に、わたくしは口を滑らせた。
するとおじ様は「鋭いな」と苦笑した。
「まぁ、いつになるかはわからないが、エミリオにはクベール公爵を継いでもらうつもりだよ。カールも、それは了承している。今はまだ、彼にとっても君たちにとっても、エミリオはハッセン公爵家の養子でいるほうがいいだろう」
エミリオにとっても、という意味はわかる。
ハッセン公爵家には、優秀なお兄様がいらっしゃる。
歳の近い、優秀な先達は、エミリオの成長に大きな助けになるだろう。
けれど、わたくしたちにとっても、エミリオが必要という意味はわからない。
わたくしは首をかしげたけれども、おじ様はそれ以上は教えてくださらなかった。
「おっと。もうこんな時間だな。俺も軍部に戻らなくては。リーリア、一緒に出ようか?」
「ええ。わたくしも、もう王子宮に参ります。おじ様。お忙しいなか、お時間をいただきありがとうございました」
わたくしが一礼すると、おじ様はわたくしの肩をそっと押した。
「さて。リーリア・ハッセン。仕事へもどろう」
「はい。クベール公爵」
かしこまって挨拶をして、わたくしとおじ様は同時に部屋を出る。
シュリー州で犯人が大方つかまったのは良いニュースだが、それで事態が片付いたわけではない。
まずは、王子宮に行かなくては。