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家庭教師の方々にお泊りいただけるかは、先生方のご予定を聞いてからのほうがいいだろう。
もしもおふたりにお断りされたら、エミリオはどんなに悲しむだろうか。
仕方がないので、今日は話はここまでにして、わたくしは王城へ向かった。
ゲートをくぐると、若草色の軍服を来た少年が近づいてきた。
「リーリア・ハッセンですね。クベール公爵がお待ちです。こちらへ」
そう告げると、わたくしの答えを待つ間もなく、さっさと歩きはじめる。
ずいぶん背の高い少年だけれども、軍服の色を見れば、わたくしと同じく七位の小翼だと知れる。
失礼な態度だとふだんなら眉をひそめるところだけれども、少年の緊張した面持ちと、クベール公爵という名前に苦情を飲み込んだ。
参内時刻よりもずいぶんはやくに到着したとはいえ、仕事前だ。
無駄な話をして、時間を無駄にするわけにはいかない。
それに、わたくしを呼び出したのがクベール公爵なら。なおさら時間を無駄にするわけにはいかなかった。
「こちらです。どうぞ」
軍部まで連れて行かれるかと思ったけれど、少年がわたくしを案内してくれたのはゲート近くの小部屋だった。
少年はわたくしを促すと、自分は小部屋に入らず、そのまま去ろうとする。
「ご案内、ありがとうございました」
一礼して、小部屋に向かう。
少年ははっとして、わたくしに一礼した。
小部屋には、恰幅のいい軍人が一人、椅子に座ってわたくしを待っていた。
「クベール公爵……」
礼をとると、公爵は立ち上がり、わたくしの前に歩み寄る。
「今はまだ、仕事中ではないよ、リーリア。いつものように、アルフォンソおじ様と呼びなさい」
「アルフォンソおじ様……、わたくしを呼び出されたのは、お父様のことで?」
「ああ。カールのことだ」
おじ様はわたくしの手をとり、ソファに座るよう促した。
そしてわたくしの顔をじっと見て、
「悪い知らせじゃない。カールは無事、シュリー州に着いたそうだ」
「お父様が……!よかった」
ほぅっと安堵のため息をつくと、おじ様はわたくしの頭をそっと撫でてくださった。
クベール公爵であるアルフォンソおじ様は、お父様と同年配で、お父様と同じく軍部の七将軍のひとりを務めていらっしゃる。
むかしからお父様とは戦でもご一緒されることが多く、時折我が家にもいらっしゃっており、わたくしも可愛がっていただいていた。
誰にもないしょのことだけれど、おじ様はわたくしの初恋の人だ。
お父様が家に連れてこられたご友人である眼光鋭い大きな男性に、幼かったわたくしは一瞬怯えた。
そんなわたくしを見て、おじ様は声をあげて笑い、
「かわいいお嬢ちゃんだなぁ」
と、抱き上げてくださった。
そのくしゃくしゃの笑顔に、わたくしは恋をした。
初恋は、おじ様にわたくしより年上のお子様がいらっしゃることと、愛する奥様がいらっしゃることを知った数分後には砕けたのだけれど。