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眠れない。
食べ過ぎだわ、と思う。
夕食のあのステーキは、大きすぎだ。
いくらなんでも重すぎた。
胃の中がぐるぐるするのは、あのステーキのせいだ。
食べ過ぎたのだ。
それだけだ。
…………そんなわけ、ないわね。
たくさんのことが起こり、たくさんのことを決めなくてはいけない。
目まぐるしく変わる情勢に、わたくしの頭も心もついていけない。
お父様か、お兄様に抱きしめてほしい。
だいじょうぶだよリアって、言ってほしい。
こわい。
文化部の小翼が参内差し止めになったことは、じわじわとわたくしの心に、この事態が異常なのだと教え込む毒のようだ。
ふだんは落ち着いてわたくしたちに指示をだしてくれる大人たちに見え隠れする不安の色が、わたくしの心に危険をささやく。
それらは、すこしずつ心に染みてきて、心の中が恐怖に染まる。
今、この国は、わたくしが感じていた以上の危機的状況にあるのだ。
なのにその最前線であり、今だ状況のわからないザッハマインに、お父様もお兄様もむかっていらっしゃる。
帰ってきてほしいなどと、口にはだせない。
考えることも、ほんとうは許されないだろう。
わたくしたち貴族は、この国を守るためにいるのだ。
そのためにわたくしたちは生きている。
わたくしは、それを誇りに思っている……。
「……っ、ぐぅ…………っ」
胃の中のものが、こみあげてくる。
苦しい。苦しい。
食べ過ぎたからだ。
だから、苦しいのだ。
こんなに胃が苦しいのは、食べ過ぎたからだ。
「……リーリア様」
そっと、寝室のドアが開いた。
栗色の髪の侍女……、メアリアンだ。
乳母の次女で、わたくしと同じ年齢の乳姉妹のメアリアンは、わたくしのことをよく知っている。
だから、メアリアンは、だいじょうぶかとは訊かなかった。
わたくしも、なにも言わなかった。
ベッドに身を起こし、わたくしはただ無言でメアリアンを見る。
メアリアンはわたくしの手をそっと握り、「おやすみなさいませ」と言った。
「おやすみなさい……」
メアリアンの手に導かれるままに、わたくしはベッドに横たわった。
そして、目を閉じる。
目を閉じていれば、いつかは眠れるはずだ。
わたくしは、眠らなくてはいけないのだ。
眠って、起きて、すべきことをする。
そしてお父様とお兄様のお帰りをお待ちするのだ。
そう。わたくしには。……倒れている暇などない。