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「あー……、そういう事情なら、王子宮に泊まってもいいですよ」
エミリオはため息まじりに、わたくしに泊まり込みの許可をくれた。
でも、その顔は寂し気だった。
わたくしが王城に泊まれば、エミリオはこの家にひとりになる。
もちろん使用人たちはいるけれど、彼らは家族ではない。
まだ公爵家に慣れてもいないだろうし、そんな時に彼をひとりにするのは、やっぱりよくないのかも。
初めはわたくしが王城に泊まるなんて絶対に嫌だと怒っていたエミリオは、シャナル王子が8歳だと聞いたとたん、態度を軟化した。
きっと王子の幼さをおもんぱかって、自分の寂しさを我慢したのだろう。
その優しい心は大切だと思うけれども、そういった我慢の積み重ねが、エミリオの素直な心をゆがませてしまうのかもしれない。
……エミリオのお父様たちに、この家にお泊りいただくという案が頭をかすめる。
けれどこれはすぐに却下した。
エミリオのご両親は、日雇い労働者だという。
庶民の中でも貧しい、下層庶民といわれる人たちだ。
魔力量の多寡は、血筋で遺伝する確率が高い。
遺伝するといっても確率が高いというだけで、それは髪の色の遺伝や病の遺伝のように、魔力量の多い両親からは魔力量の多い子がうまれやすく、その逆も然りというだけではある。
だから貴族は養子をとるのだし、貴族の子が礼族や庶民になることもある。
また庶民の子が貴族や礼族の家に入ることも多い。
けれど、貴族の家に入るような子どもは、実家が庶民の家だとはいっても、だいたいは上流庶民のおうちの子なのだ。
それこそファラン商会のような豪商の子や、在野の研究者や医師などの子。
そういうお家の当主は、貴族や礼族になるほどではないけれども一定の魔力を持っているので、仕事でも優位にたちやすい。
だから貴族の家に養子に入る子の実家も、実家自体が、裕福で自活していることが多い。
けれど、エミリオのご両親は違う。
日雇い労働者ということは、誰かに、毎日雇ってもらわなくてはいけないということだ。
上流庶民の間では、貴族を養子にしても多少のつながりができるだけで、自分たちに恩恵がもたらされるわけではないことは周知されていると思う。
けれど下層庶民の間に、そのことが知れているのかはわからない。
子どもを貴族の家に養子にしたのだからお金には困らないだろうという誤解を受けて、お仕事をさせていただけなかったりするかもしれない。
それに雇い主によっては、貴族とつながりのある人間を日雇い労働者として雇うのは敬遠する可能性もある。
お父様がそんなことに気づかなかったはずはない。
だからきちんと手を打っておられるのだろう。
自宅に顔を出したエミリオから聞いたご両親の御様子も、お元気そうだったし。
けれど、彼らをここにゲストとしてお招きしてもいいものかはわからない。
エミリオからお金などを融通してもらっていると周囲に邪推され、強盗にあったりする可能性すらあるかもしれないし……。
……いやだ。不安になってきたわ。
お父様なら、きちんと処理されているはずだと思う。
けれど、万が一ということもある。
後で誰かに、エミリオのご両親の様子を調べてもらおう。
せめてマリオさん達がいらっしゃったら、こちらの家にお泊りいただくこともできるのだけれども。
マリオさんとエミリオのお姉様が王都へ戻られるのは、数日後のはず。
それからすぐにというわけにはいかないでしょうけれども、わたくしが家に帰れない時、お泊りに来ていただけるか打診してみようかしら。
マリオさんはお忙しくて無理でも、エミリオのお姉さまなら、一度くらいは承諾してくださるかもしれない。
わたくしも、王子にお泊りをお願いされた時以外は、できるだけエミリオと一緒にすごして、寂しさを紛らわせよう。
そのくらいしか、わたくしにはできないけれども、できることを少しずつでもしていこうと思う。