7
前世を思い出すという非日常的な出来事があっても、たっぷり眠った朝の目覚めはすっきりとしている。
いつもよりはやい時間に爽やかな気分で目覚めたわたくしは、部屋の隅に人影を見つけて、飛び起きた。
ベッドからは遠い窓際のソファに腰かけたまま、お兄様が眠っていらした。
なぜ、なんて考える必要もない。
お優しいお兄様は、倒れてしまった不肖の妹を心配して、こうして部屋にとどまってくださったのだろう。
そのお心遣いが嬉しく、恥ずかしい。
そっと足音を殺して、お兄様が座るソファの前に立つ。
カーテンの隙間からもれた光が、お兄様の長いまつ毛に落ち、きらきらとひかる。
黒いさらさらとした髪が、触ってごらんとばかりに誘惑する。
眠るお兄様に無断で触れるなんて、許されないこと。
ふらふらと伸びそうになる手を、意思の力でとどめつつ、わたくしはぼんやりとお兄様に見惚れた。
「あぁ、ほんとうに。なんてお兄様は素敵なのかしら……」
うっとりとしたつぶやきが口からこぼれた瞬間、眠っていらしたお兄様が身じろぎをして、目を覚まされた。
「リア?……もう起きて、だいじょうぶなのかい?」
「ええ、もうすっかり元気ですわ」
目覚めた時も元気だったけれど、今はそれ以上に元気です。
だって、お兄様の寝顔をじっくりと見つめられたから…なんて、口には出せませんけど。
「そうか。よかった」
お兄様はまぶしそうに眼をひそめ、そっとわたくしの頬を指でなでる。
するとわたくしのからだには、ほんの少しあまい衝撃がかけめぐって、わたくしはうっとりとお兄様の指の感触を受け止めた。
お兄様はたちあがると、カーテンを開ける。
「あぁ、天気もいいね。今日はエミリオに屋敷を案内する予定だから、晴れてよかったよ」
エミリオの名前を聞くと、心臓がどきりとはねる。
昨夜思い出した前世の記憶が頭をかけめぐり、お兄様に見放される未来を思い出してしまう。
あれは、ただのゲーム。
この世界とは、別のもの。
そう自分に言い聞かせるけれど、お兄様に向けた笑顔はぎこちなく強張ってしまった。
「リア?」
お兄様が、そんなわたくしの態度を不思議そうに見る。
わたくしはお兄様の顔を見つめ返し、「まぁ!」と声をあげた。
「お兄様!お顔に傷が……!」
「へ?あぁ、このくらい大したことないよ」
カーテンをひいていた薄暗い部屋では見えなかったけれど、お兄様の頬に細い線のような赤い筋ができていた。
大したことないとおっしゃるお兄様のお言葉は正しくて、かすりきずのようだけど、お兄様のお顔に傷でも残ったら大変。
第一このままでは、お兄様がお顔を洗われた時にピリピリ痛むだろう。
「お兄様、座ってくださいな。わたくしに治させてくださいませ」
お兄様の手をとって、ソファに座っていただく。
お兄様はすこし困り顔で、そっと目を閉じた。