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「ありがとうございます……!リーリア姉様」
エミリオは深々と頭を下げた。
この子がどこまでわたくしの考えを理解しているのかわからない。
純粋に感謝されても申し訳ないのだけれど、まったく理解していないのも困ってしまう。
わたくしはエミリオに、庶民たちの間にシェリー州の国境障壁が破壊された話が広まっているか様子をうかがってきてほしいと頼んだ。
昨日の今日でシェリー州の情報が洩れているとは思えないけれど、なんらかの偶然で情報が流れているかもしれない。
確率は低くても、打てる手は打つべきだろう。
エミリオは、わたくしのお願いを快諾してくれた。
お兄様が指示されていた在庫管理の件と合わせて、ファラン商会に話をしてくれるという。
ファラン商会がどんな答えを出すかはわからないけれど、とりあえず話をしてくれるだけでもありがたい。
「急なことで、手みやげもなくて申し訳ないのだけれど」
「マリオたちの無事の知らせよりいい土産なんてありませんよ!」
エミリオは目元を安堵の涙に濡らして、言う。
それもそうね。
……この手みやげが、法外に高くつかないことを祈るしかない。
わたくしはエミリオを商会へと送り出し、いったん部屋にもどった。
すぐに参内するからとルルー達をさがらせ、……人目がないのを確認してお兄様の部屋へそっと忍び込む。
お兄様の部屋には、まだお兄様のぬくもりがのこっているような気がした。
「お兄様……、わたくしの考えは正しかったのでしょうか」
家族を想うエミリオの情に、流された気がした。
きちんとハッセン公爵の人間として考えて結論をだしたたはずだと思う一方で、わたくしは最初からエミリオに諾と言いたかったのだという気もしていた。
だって、家族の無事は、一刻もはやく知りたい。
先に事件のことを知れば、無事を知るまで恐ろしい想いをする。
……結局わたくしは、彼らに自分を重ね合わせ、自分がしてほしいと望む通りに動いただけかもしれない。
数刻前までお兄様が眠っていらしたベッドに、そっと頬を寄せる。
メイドはまだシーツを変えていないようで、かすかにお兄様の香がした。
お兄様が戻ってこられるまで、これをお守り代わりにしたいけれど、勝手にシーツを持ち出せば、この部屋のメイドが叱られるだろう。
ずっとこうしていたいけれど、もう参内しなくてはいけない。
わたくしはわたくしにできることをして、グラッハのお役にたつ。
それがお父様とお兄様に対しても、いちばんいいことなのだろうから。
泣くなら、おふたりが無事におかえりになってからだ。
そう自分に言い聞かせ、わたくしは王城へむかった。