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「俺、いまからファラン商会と実家に行ってきてもいいですか?まだ時間はやすぎるけど、絶対みんなすぐに知りたがると思うんで……っ」
涙を手でふいて、エミリオは照れくさげに言った。
「待って、エミリオ。皆さんはザッハマインで起こったことを知らないはずよ。慌てて知らせる必要なんてないでしょう?」
「あ……、そっか。これってまだ、普通知られていない情報ってことですよね」
わたくしは、こっくりとうなずいた。
ここはハッセン公爵家。王城でもトップクラスの情報が集まるところ。
ましてや今回の出来事は、軍部の管轄だ。
お父様もお兄様も軍部の人間なので、王都ではまだ誰も知らないであろう情報をわたくしたちは握っている。
「軽く話しちゃまずいですよね……。けど、もしなんかのはずみでザッハマインが攻撃を受けたって聞いたら。うちの父ちゃんとかぽっくり行ってしまうかもしれないですよ。マリオだって、すげー対価を払って連絡してきたっていうのに……!」
エミリオは貴族としての立場と家族の情で板挟みになり、頬を紅潮させた。
エミリオのお父様はお身体が弱いのかしら。
マリオさんはそれをご存じで、こちらの連絡をよこしたの?
それとも……なにか御商売の事情で、シェリー州閉鎖を暗に王都の商会に伝えるために、エミリオを利用しようとしているのかしら。
商売人の考えは、貴族であるわたくしにはよくわからない。
わたくしにわかるのは、貴族としてどこまでなら許されるかという基準と、家族への愛情だけ。
「……そうね。エミリオのご実家のご家族と、マリオさんのご家族にはお伝えしてもいいと思うわ。ただ、できるだけ、シュリー州の件については周りの人に話さないようお願いしてほしいの」
シェリー州の障壁が破壊された件に関しては、かん口令は敷かれていない。
これだけの大事で、しかも破壊したほうは隠すつもりなどなかっただろうし、多くの目撃者がいるはず。
このままずっと、隠し通せるはずはなかった。
いずれすべての国民が知る事態になるだろう。
けれどシェリー州と王都の距離を考えれば、今日明日中に噂が広まる可能性は低い。
前世のわたくしの世界では、遠方にいる相手と自在に話せたり、文字情報を送ったりすることができる機械を庶民もごく当たり前のように使用していた。
けれどこちらの世界での情報伝達は、口伝えか、手紙などだ。
たとえこんな大事件でも、一般に広まるにはそれなりに時間がかかる。
そして今のように、国の中央でさえ、ザッハマインやシェリー州の状況が正確に把握できていない状態で、王の国境障壁が引き直されたことやシェリー州が閉鎖されていることを国民に知られるのは避けたほうがいいはずだ。
せめてお父様たち中央の軍の人間がシェリー州に到着し、ある程度事態を把握するまでは、情報は伏せたい。
数日時間を稼げれば、現地から情報も入るし、王城や各州の州庁に連絡が入るだろう。
そこで今回の件をどのように扱うのか、どう対応していくのかが決定してから、国民に情報を開示すべきだ。
中央の人間すら状況をきちんと把握できていないのに、国境障壁が破壊されたという情報だけが庶民に広まったりしたら、パニックを引き起こすだけだろうから。