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遠話は、遠くの人と話すことができる魔力装置だ。

けれど通話に際して必要とされる魔力量が多く、装置自体も高価なので、一般の家庭にはほとんどない。

我が家にも、お父様の執務室に一台あるだけだ。


遠話のもうひとつの欠点は、非常に混線しやすいこと。

話をしていると、別の話をしている人の会話が聞こえてきたりするのだ。

だから、機密事項の通達にはあまり向かない。


軍部などでは暗号を使って会話することもあるけれど、軍部の人間ではないわたくしにはその暗号は使えない。

我が家特有の暗号は、緊急事態を想定した数件だけ。

「無事だ」「危険があるので、ひとりで即時に逃げろ」「使用人たちを連れて避難せよ」「連絡があったことを王城に通達せよ」「軍部のクベール公爵に連絡せよ」。

それと、避難先を指事する暗号が何パターンかあるだけだ。


遠話は、受けるほうにはさほど魔力はいらないが、かけたほうは会話をしている間中、遠話に必要な大きな魔力を要求される。

それも遠話の相手との距離が遠ければ遠いほど、必要とされる魔力も比例して多くなる。

メリットに比べて、デメリットのほうが多いのだ。


だから我が家にも滅多に遠話がかかってくることはない。

かかってくるとすれば、緊急事態だけだ。


わたくしはスカートを翻して、お父様の執務室に向かった。


「エミリオもいらっしゃい!」


そう声をかけたのは、なにかの予感だったのか。

遠話をかけてきたのは、エミリオの義兄であるマリオだった。


「ハッセン公爵家ですか?私はマリオ・ファラン。エミリオの姉の夫です。シュリー州の閉鎖を噂で聞きましたが、私とエリザベスは無事です。すぐ王都へ戻ります。家にもそう連絡してください」


「わかりました。エミリオ!お義兄さまよ」


わたくしは端的に伝えて、エミリオに受話器をゆずる。

エミリオははっとして、受話器をつかみ、わたくしの真似をして受話器に話しかけた。


「マリオなのか!? 無事なのか!? ねーちゃんも無事なのか!?」


それからエミリオは、数秒マリオさんと会話していた。

はやばやに遠話を終えたのは、マリオさんの魔力の限界が迫っていたからだろう。


「よかったわね、エミリオ」


受話器を握りしめて、その場に座り込んだエミリオの肩を、ぽんとたたく。

昨日と同じような行動だけれども、わたくしたちが抱く心は、昨日とはまったく違う。


エミリオは、無言でこくこくとうなずいた。


「なんか…、ふたりして食い倒れてたら旅行の予定が大幅にずれたみたいで。今まだメリラ州にいるみたいなんです。いそいで帰ってくるから、5日くらいでこっち戻ってくるって」


エミリオはわたくしとカーラの顔を見上げながら、ぽつぽつと語る。


「ねーちゃ、無事って。ちょっと遠話かわったんです。ねーちゃんの声で、だいじょうぶーって。……はは、だいじょうぶじゃねーよって感じですよね。めっちゃ心配したのに。お気楽にもほどがあるだろって」


わたくしはエミリオの隣に膝をつき、そっとエミリオの肩を抱いた。


「……すみませ…っん、リーリア様。リーリア様はいまもご心痛なのに」


「馬鹿ね。義弟であるあなたの大切な人の無事がわかったのよ。わたくしだって嬉しいわ」


わたくしを気遣うことなく、エミリオに自分の大切な人の無事を喜んでほしくて、わたくしは笑顔をつくった。


それに、わたくしは本当に嬉しいと思っているのだ。


昨日わたくしは、弟として大切にしようと決めたエミリオに対して、とってもひどいことを考えた。

お父様たちがザッハマインに行かれたのはエミリオのせいじゃないのに、エミリオさえいなければって思った。

そんな自分が嫌で、そんな自分は悪い「悪役令嬢」のように破滅を迎えるのではないかって……、お父様やお兄様を失ってしまうんじゃないかって考えてしまって。

そんな自分勝手な自分も嫌で。

自己嫌悪と恐怖で、ベッドで震えていた。


けれど今のわたくしは、エミリオのお姉さまたちの無事を心から祝っている。

お父様たちのこととは別に、グラッハの国民である彼女たちが健やかであること、エミリオが喜んでいること自体を祝えている。

自分がいつもどおりの心を取り戻しているようで、それも嬉しかった。

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