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お兄様はわたくしの肩に手を置いて、わたくしをいたわるように優しいお声で、おっしゃった。
「私は、明日の早朝立つ。王都に影響はないだろうが、くれぐれも家のことを頼むぞ」
「……っ!お父様だけでなく、お兄様も行ってしまわれるのですか?」
ハッセン公爵であり軍部の七将軍のひとりであるお父様と、とハッセン公爵の跡継ぎ候補であるお兄様。
お二人がそろって危険な場所に行かれることなんて、これまでなかった。
外国への遠征には、未成年者であるお兄様がくわわれないからということもあるけれども、国内での火龍退治でお二人が同時に動かれることはなかった。
万が一、お二人がそろって亡くなられるなんてことがあれば、グラッハの武の守りが大きく欠けることになるからだ。
「ああ。それほど、今回の出来事は重大なんだ」
わたくしの目に、みるみる涙があふれた。
泣くなんて。
国のために立派に働く家の者を前に、無様に泣くなんて。
そんなことしたくないのに……。
お兄様はわたくしを抱きしめ、なだめるように背中を撫でてくださった。
わたくしもお兄様の背に腕をまわし、力いっぱいおすがりする。
お兄様はのお体は大きくて、抱きしめられていると、わたくしはお兄様の腕の中にすっぽりと包まれる。
この腕の中では、こわいことなどなにもないわたくしの安全領域。
わたくしがハッセン公爵の娘ではなく、ただのリーリアでいられる場所。
失う、なんて。考えたくない。考えない。
そう、「プリンセス・ルールズ」の知識にのっとれば、エミリオについてさきほどわたくしが考えたことは、わたくしにもあてはまる。
攻略対象であるお兄様は、お元気で学院生活を送っていられた。
お兄様のルートでもエミリオのルートでも、ハッセン公爵としてお父様はいらっしゃった。
……だから、だいじょうぶ。だいじょうぶなはずだ。
わたくしは深呼吸を繰り返して、無様な自分を押し込めた。
お父様もお兄様もご無事で帰ってこられる。
わたくしが信じなくて、どうするのだ。
お二人がともに出動されることになったのは、王の障壁が破られたという非常事態だから。
これが国内の……おそらく建国以来の危機だからだ。
……けっして、エミリオが養子に来たから、武の守りの魔力補充を、お兄様に代ってエミリオができるからではない。
まだ参内もしたことがない無官のエミリオでは魔力の補充はできても、軍部の人間として働くことなどできないのだから。
エミリオさえいなければ、お父様とお兄様がともに戦場にかりだされることなどなかったのではないか、なんて。
そんな考えは、お父様とお兄様にも失礼だ。
わたくしは涙をふいて、お兄様にすがっていた腕を外した。
そしてお兄様の手を握り、その手に口づける。
「お兄様にも、ご武運をお祈りさせてくださいませ。出立の用意は、わたくしが指示します。お兄様はどうぞおやすみになって、すこしでもお体をおやすめください」