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夕食は、エミリオとふたりでとった。
エミリオは家庭教師とのあれこれを面白おかしくはなしてくれて、楽しい夕食だった。
けれどお兄様もお父様もいらっしゃらない夕食の席は、やっぱりさみしい。
明日は仕事だから早く寝なければいけないけれど、お話したいこともあるからと、寝ずにお二人をお待ちしていた。
最近お父様はいつにもましてお忙しそうで、お帰りが遅い。
けれどお兄様までこんな時刻まで変えられないことは珍しい。
ルルーが淹れてくれた紅茶を飲みながら、胸にわきおこる嫌な予感をおさえつけようとしていた。
けれど。
夜遅くに、お兄様は帰宅された。
馬車ではなく、単騎でのご帰宅だった。
「シュリー州が閉鎖された」
まだ慣れない環境のためはやばやと眠っていたエミリオも起こされ、書斎に集まった。
お兄様は切迫したお顔でおっしゃる。
そしてそれをうかがったわたくしたちも青ざめた。
「閉鎖って……、なんだよそれ」
サラベス王のお力によって、グラッハ国は守られている。
けれど広大なグラッハ国をおひとりで守るのはご負担も大きいので、王の守りの上に、各州各町ごとに障壁などの守りを築いている。
けれども通常各州各町ごとの障壁はゆるやかなもので、あくまでも国全体を覆う王のお力の補助であり、それぞれの州や街を障壁で区切ったり隔てたりするものではない。
ただし、緊急時は異なる。
例えば火龍や土鬼などの害獣が出た場合、退治するまでの間その州や街を閉鎖することもあるし、流行病が出れば一部の街を閉鎖し、そこに病人を集めることもある。
閉鎖した場所に魔力を豊富にもつ官吏たちが集まり、収束につとめることで、早々の解決を図るためだ。
「なにがあったのですか……?」
聞きながら、わたくしは火龍でもでたのかしらと予想していた。
お兄様が動かれているということは、軍部が動いているということ。
病ならば、厚生部の管轄だ。
けれど、帰ってきた答えは、まったく予想もしないものだった。
「シュリー州の港町ザッハマインが海から攻撃された。……国境の障壁が、一部壊されたらしい。前代未聞の一大事だ」
「ザッハマインが、海から攻撃された?あそこは南の国境だろ?国境の障壁って、まさか王の障壁が破られたのか?」
愕然として、エミリオが聞く。
お兄様は吐き捨てるように「そうだ」と言った。
シュリー州ザッハマインは、グラッハ国南の国境であるザーシュ海に面した、グラッハ唯一の港町だ。
ザーシュ海自体が波が激しく海流が変わりやすいという天然の要塞を兼ねているため、グラッハの国境障壁としては比較的障壁が薄い場所ではある。
けれど国境の障壁の保持は、いうまでもなく王の最も重んずべき責務のひとつ。
それが破られるというのは、国の終末に等しい。
わたくしとエミリオは、言葉もでなかった。