34
「プリンセス・ルールズ」のヒロインの行動は褒められたものではないけれど、彼女が有能で努力家なのは確かだった。
わたくしがヒロインの有能さをもっとも感じたのは、ヒロインは庶民の少女で、特に裕福な実家をもつわけでもなかったのに、学院の外にも配下のものがいたというところ。
金銭的な代償で彼らを動かしていたとは思えないので、彼女の個人的な魅力や能力で自由に動かせる人間を複数従えていたのだと思う。
それほどの人望を集めるなど、わたくしには憧れるしかない才能だ。
そんな彼女の配下の者も有能で、市井の庶民であるはずなのにとても統率がとれていたし、彼女にもたらした情報は正確かつ迅速だった。
ただ、中にはヒロインの配下の人間なのに、ヒロインに反抗的な態度の者もいた。
ヒロインが「影」と呼んでいたその配下の者は、黒い髪に赤い瞳が印象的な美丈夫で、配下の者の中でもとびぬけた実力者だった。
たびたびヒロインを脅すかのように肉薄し、耳元で何事かをささやく「影」を、前世のわたくしは「隠しキャラ」ではないかと考えていた。
「隠しキャラ」というのはゲームをクリアした際にあらたにストーリーが解放され、攻略対象となる男性のことだ。
多くは魔王など異能の者や、盗賊、外国の王子など、これまでのストーリー上では隠されていた事情を持つ者で、隠されていた事情が明らかになった時、彼らは「攻略対象」へと昇格する。
……そういえば、「影」の話す言葉は、発音などが微妙に異国のものだった。
ああいった濁音にアクセントを置く話し方は、ザーシュ海の向こうの発音で……。
「イプセンだわ……!」
わたくしは、思わず声をあげた。
そう、ああいった発音をするのは、イプセンの人間だ。
グラッハとイプセンの言語は共通だが、発音はかなり異なる。
「影」はかなり上手にこちらの発音を模していたけれども、ネイティブのわたくしには、微妙な発音の違いも違和感があったのだ。
偶然に決まっている。
けれど「影」がイプセンの人間と気づいた時、わたくしは昨日お兄様からイプセンの話を伺った時に感じた謎について思い出した。
なぜイプセンの大臣たちは、ロロシュ王をいさめられないと気づいた時、王を別の人間に変えなかったのだろうと、あの時わたくしは疑問に感じた。
一方で、前世のわたくしの研究によれば、異世界の王宮や貴族が通う学校を舞台にした乙女ゲームの場合、隠しキャラが他国の王子である確率はかなり高いということも。
それに先ほど調べたイプセンの情報を加えて考えれば、ひとつの大きな疑問と、それに対する推論が頭の中にうかぶ。
突拍子もないその推論は、けれど「これが正解よ!」とわたくしの心で大声で叫んだ。
ひとつの大きな疑問。
それは、在位が40年に近く、グラッハのサラベス王よりずっと高齢だろうロロシュ王。
彼のお子として書物にあげられていたのは、能力的に王にはなれないアリッサ王女だけ。
では、イプセンの次代の王は誰なのだろう……?