4
前世のわたくしが生きていたのは、この世界とは別の世界だった。
魔術がなく、また五属の別もない、不思議な世界。
そこでのわたくしは中流の庶民のような、裕福ではないけれど貧しいとも言い難い穏やかな生活を営んでいた。
優しい両親の元、わたくしは勉学に打ち込み、成人してなお勉学に励む、学者へと成長した。
前世のわたくしはとても勉強熱心で、朝早くから夜遅くまで寝食を忘れ研究に励み、また同じ研究に打ち込む仲間たちとも積極的に情報のやりとりをし、充実した日々を送っていた。
わたくしの専門は、社会学というものらしい。
社会のありようを過去・現在問わず深く学び、その社会がどのようにして形成されるか、またそこで暮らす人々がどのように人生を営むかを史実や物語を問わず情報を集め、分析し、あるいは自ら物語などに起こし直し、世の人々にその成果を問う難しい学問。
当然のように資料は膨大な量で、熱心に学んでいた前世のわたくしも「いくら読んでも終わらない!幸せ!」と嬉しい悲鳴をあげていた。
そんな研究熱心な前世のわたくしが、特に熱心に研究していたのが「乙女ゲーム」。
ひとりの少女が、王族や貴族などの有力者やその子弟に愛されるようになるシミュレーションをゲームという形で提供した学習ツールだった。
あちらの世界とこちらの世界では、力ある異性に選ばれるための条件や女性の地位などがこちらとは異なるため、その教育内容はわたくしには納得しがたいところもあるけれど、それは異文化というものだろう。
また同時進行で彼女が研究していた「乙女ゲームに転生した場合、どのような人生を送るか」という研究は、今後のわたくしの大きな助けとなりそうだった。
なにしろ、わたくしは本当に、乙女ゲームの世界に転生してしまったようなのだから。
なにかの冗談のような話だけど、これはおそらく現実。
新しくわたくしの弟として迎えられたエミリオこそが、前世のわたくしが21歳で亡くなる直前に力を入れて研究していた乙女ゲームの登場人物であり、研究対象だったのだから。
わたくしは暗闇の中で目をこらし、膨大に詰め込まれた情報を少しずつ整理する。
まず可及的速やかに整理しなくてはならないのは、エミリオが登場する乙女ゲームの情報だ。
ゲームの名前は、「プリンセス・ルールズ」。
ゲームは、将来国の要職につくことを望まれる子女たちが、カルーセン学院に入学するところから物語は始まる。
そこに入学してきた魔力量の多い庶民の少女が、ふたりの王子と公爵家の兄弟、豪商の息子、学院の教師を務める魔術師などに愛され、そのうちの誰かと結婚するという「乙女ゲーム」としては王道的な物語だ。
このうちの公爵家の兄弟というのが、ガイお兄様とエミリオのことで、前世のわたくしは特にエミリオについて研究していた。