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不満そうだった王子はひとしきり愚痴をおっしゃると、ご自分で気持ちを切り替えてくださった。
そして、わたくしがお願いしていた魔力充のために文化部に行こうと提案された。
「リアのお願いをきいてあげるかわりに、お願い!」
王子はそう言いながら、わたくしの返事も待たず手をつなぐ。
手をつなぐくらいなら構わないので、そのまま手をつないで移動すると、すれ違う官吏たちがさっと目をそらしていく。
これでは、王子の品位をおとしめてしまうかもしれない。
王子に聞いても無意味なので、隣を歩くハウアーに、これは王子の行動として許容範囲なのか小声で尋ねた。
ハウアーはいまいましげにわたくしを見て、
「今日はこれでいいので、さっさと移動してください」
と、言う。
好ましくないけれど、手を離そうとすればおそらく王子が騒ぐ。
文化部まではたいした距離でもないので、手をつなぐか否かを廊下で争って人目をひくよりは、早々に立ち去るほうがよいという意味だろう。
わたくしはハウアーの言葉通り、できるかぎりの速足で移動した。
息を切らせつつ、文化部に到着する。
わたくしの帰りを首を長くして待っていた文化部の面々は、王子が一緒なのを見て、歓声をあげた。
魔力を必要としていたのは大型のからくり時計で、時間になると妖精を模した人形が時計の一部から現れ、歌ったり踊ったりするものだという。
文化とは美しく偉大な無駄の大成だという考え方もあるのは知っているけれど、これは無駄すぎはしないだろうか。
このからくり時計は制作にかなりの魔力を使用するので、そこまで魔力を費やしてまで、歌ったり踊ったりする人形を時計に設置する必要があるのかと疑っていると、意外なことにシャナル王子が興味をしめされた。
「これ、いいなぁ。僕も欲しい!」
無邪気におっしゃられた王子に、文化部の官吏は顔を見合わせた。
「王子にはよく魔力を融通していただいているので、わたくしどももできればご期待におこたえしたいのですが、こちらのからくり時計は制作の過程で魔力を大量に消費しますので、そうそう作れるものではないのです。こちらもとある国の王の御結婚を祝して、お祝いのためにつくったものですので」
「えー…、だめなの?魔力なら、僕のを使えばいいのに」
「おそれながら、王子。王子の魔力は王子おひとりのものではなく、グラッハ国のものです。こちらのからくり時計のように外国への土産として制作するのならばともかく、王子個人の楽しみのために作られせるわけにはいきません」
文化部の官吏の答えに不服そうなシャナル王子に、ハウアーがぴしゃりという。
しょんぼりとうなだれる王子はおかわいそうだけれど、ハウアーの言っていることは正論だ。
わたくしをはじめとする文化部の面々は、気まずそうに王子を見た。
けれど王子はうつむいたままわたくしのほうへ歩いてきて、
「僕ね、このお人形の部分がリアの姿をしていて、時間になったら僕の前で踊ったり歌ったりしてくれる時計が欲しいなぁって思ったんだ。本当は、本物のリアの顔を見たり、声を聞いたりできたらいちばん嬉しいんだよ。……だからたまにでいいから、今日みたいに僕のところに来てね。遊びにきてくれるのがいちばん嬉しいけど、リアのお願いなら、魔力充のために来てくれるんでも嬉しいから!」
などとおっしゃって、それはそれはかわいらしく微笑まれた。
わたくしはその健気さに胸がつまって、すぐにはお答えできなかった。
すると文化部の先輩が「もちろんです!」と勝手に王子に応えてしまう。
王子は「きっとだよ!」と先輩たちに念をおしつつ、ハウアー様に勉強の時間だと諭され、お部屋に帰っていかれた。