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実際には、わたくしが王子に「愛している」といえば、いくら年齢差があるとはいえ、誤解を招くので言わない。
そのかわりに、抱きしめてほしいと求められれば、抱きしめてさしあげる。
人のぬくもりは、時にはどんな言葉より、幼子の心をいやすと知っているから。
シャナル王子はしばらくするとご満足されたのか、きちんとソファに座りなおされた。
そして今度は、わたくしにお茶とお菓子を勧めてくださった。
お茶は春摘の紅茶で、お菓子は木苺のタルト。
こってりとしたクリームをあわせたタルトは甘さと甘酸っぱさがわたくし好みで、とてもおいしい。
あまいものがお好きなお兄様も、きっとお好きな味だと思う。
そのことをお伝えすると、シャナル王子はいつものようにお兄様のことをいろいろと尋ねてこられた。
お兄様は優秀な若者として人々の噂によくのぼる方だし、王子もお兄様に憧れていらっしゃるよう。
王子のお立場ではなにか制約があるのか、直接お兄様にお会いするのは難しいようだけれど、わたくしにはよくお兄様のお話をねだられる。
わたくしはお兄様のお話をするのはとても楽しいので、ついつい話しすぎるのが困ってしまうのだけれど。
それに王子が時折「僕もガイをお兄様って呼びたいな」などとおっしゃるのも、すこし困ってしまう。
お兄様は、わたくしだけのお兄様だから……。
あぁでも、昨日からはエミリオのお兄様でもあるんだわ。
エミリオのことと、イプセン国について調べなくてはいけないことを思い出しつつ、タルトの残りに手を伸ばす。
王子のご質問も、お兄様のことからエミリオのことに変わっていた。
「昨日、ハッセン公爵家に新しい養子がはいったってきいたよ。どんな子だった?」
「とても健やかで優しい少年ですわ。わたくしのひとつ年下ですので、弟になりますの」
「それって、リアの好みのタイプってこと?僕のライバル?」
「彼は、わたくしのかわいい弟で、シャナル王子はわたくしの尊敬する王子ですわ。どちらも大切な方ですが、別々の場所にいらっしゃるのですから、ライバルではありませんよ」
わたくしがお兄様のたったひとりの妹でありたいように、シャナル王子もわたくしの弟の座を独り占めしたいのかもしれない。
けれど王子は敬うべき王族だ。
できるだけあまやかしたいと思ってしまうわたくしの態度が彼を混乱させているのだとしても、王子のことを弟などと扱えるはずはない。
きっぱりと否定すれば、シャナル王子は眉をしかめて、
「リアに大切って言ってもらえるのは嬉しいけど、ぽっと出の弟と同列扱いは悔しいよ。ハッセン公爵やガイ・ハッセンと同列ならまぁ嬉しいんだけどな」
などとおこたえしがたいことをおっしゃるので、笑ってごまかす。
シャナル王子はぶつぶつと文句をおっしゃっていたけれど、よく聞こえなかったので、気にしないことにする。
お父様とお兄様は、わたくしにとって別格なので、王子といえど同じくらい大切に思っているなどとは言えないのだ。