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シャナル王子が、甘える人がいないと嘆くのも無理はない。
王家に養子に入られたので、王子の養母はサラベス王となる。
王といえば、この大国グラッハを魔力で包み、天地の災害を抑え、土地からの恵みを豊かにし、外敵に備える障壁のベースを保たれつつ、国の未来を決める重要な案件に裁可をくだし、謁見を求める人に会うという、人間技ではない激務である。
ハッセン公爵としてご多忙な毎日を過ごしていらっしゃるお父様でさえ、自分が「王の仕事をすれば1か月ももたずに魔力と精神力を使い果たして死ぬ」とおっしゃっていた。
わたくしだったら1日もたたずに魔力を使い果たして死んでしまうかもしれない。
もちろん左右大臣をはじめ、各部の大臣以下わたくしたち貴族・礼族も力をふるってお支えしているけれど、その土台になっているのは王のお力である。
そんなご多忙な日を送っていらっしゃるサラベス王に、幼い養子をあまえさせてあげられるお時間がとれないといのも無理はない。
王配のスノー様も教育部の七賢人としてご多忙の上、王を助けるべく謁見や外交の席を多く設けられている。
こちらも、シャナル王子をあまやかすほどのお時間はおつくりになれないだろう。
サラベス王のご長男である第一王子アール様は、9年前成人なさった際に王子の座を下り、礼族プリアール家の当主となられた。
現在は地方の医官学校の創設に尽力なさっていて、王城にはいらっしゃらない。
第二王子のユリウス王子は、工部での働きを認められ、昨年17歳で成人とみなされ、工学で有名なギッセルド国に留学中で、こちらも王城にいらっしゃらない。
というか、この国にいらっしゃらない。
第三王子のコンラッド王子は昨年から小翼見習いとして働いていらっしゃり、近頃小翼になられたばかり。
ご年齢もエミリオと同じ14歳だし、サラベス王の実子であるコンラッド王子は能力を認められて王子位を得たユリウス王子やシャナル王子に比べ、魔力量が少ない。
ご自分の職務や義務を果たすだけで精一杯で、シャナル王子をあまやかす余裕はないかもしれない。
だから、王子の新しいご家族になられた王族の方々は、誰も王子をあまやかすお時間がないと言える。
だったら代わりに王子のお傍近くにつとめる官吏たちが、王子をあまやかしてさしあげればと思うけれど、王子付きに選ばれる官吏はみんなエリートだ。
シャナル王子の教育を担う彼らは、王子をあまやかすことには積極的ではない。
彼ら自身厳しい教育を受けてこの場所にいるので、ハッセン公爵の娘という信頼で上げ底された実力のおかげで、一時的とはいえ王子の側付きの補佐をさせていただいていたわたくしとは、子どもの養育についての考えが全く違う。
お父様は貴族としての勉強にはお厳しかったけれど、そのほかの面ではわたくしをとってもあまやかしてくださった。
2歳年上のお兄様も、ご自身の優秀さとはかけはなれて鈍才のわたくしにもいつもお優しくしてくださっている。
だからわたくしは、シャナル王子にも、子どもとしてあまえる場所があってもよいのではないかと思ってしまう。
こうして王子にあまえられると、わたくしがお父様やお兄様にしていただいたように、抱きしめて、愛しているよといっぱい言ってさしあげたくなるのだ。