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リーリアの語りに戻ります。
いたましい事件を知った後は、心が重い。
わたくしは、お兄様とエミリオが席を外した後も、ひとり食堂でぼんやりしていた。
けれど、ふと気づいた。
お兄様は今、わたくしとエミリオに、同時にイプセン国の情報を教えてくださった。
これはイプセンの異変が、今後グラッハに影響してくるとお考えだからだろう。
そしてグラッハの貴族として、わたくしたちがそのことを知っておくべきだと考えられたからだろう。
「こうしてはいられないわ。今すぐ動かなくては」
わたくしは慌ててルルーを呼び、馬車を用意するよう指示した。
七位の無官というわたくしの身分を示す若草色のドレスに着替える。
髪形はすこし迷ったけれど、このままで参内することにした。
リボンは白なので、若草色のドレスにも似合う。
そんなに慌て行動しても、わたくしには独自の情報源などはない。
せいぜい城の図書室で書物にあたるくらいのことしかできない。
けれど明日からは通常通り仕事や勉強の予定があり、時間をかけて書物にあたることもできない。
ならば早々に動くべきだと思ったのだ。
新しくできた弟と、わたくし。
お兄様に同時に教えていただいた情報を、弟のほうが先に有用な情報をつかんでしまったら、お兄様はわたくしの能力の低さを改めて感じ、わたくしに失望されるかもしれない。
エミリオは貴族社会に馴染みが薄いとはいえ、お父様に認められるほどの能力と、ファラン商会という独自の情報源を持っている。
油断する余裕などない。
ゲートに「文化部 七位無官 リーリア・ハッセン」と表示されるのを確認しつつ、文化部の小翼詰所に向かう。
このまま図書室に直行したかったけれど、いちおう同僚に参内の挨拶をしておこうと思ったのだ。
わたくしの王城での所属は、文化部の小翼。
国の文化の保護・育成を司る文化部のつかいっぱしり「小翼」として、週に2、3日は王城に参内している。
文化部というのは他部署に比べておっとりとした部門であるが、調べものは工部と並んで多い。
とうぜん、同僚である文化部の小翼たちは、図書室で調べものをしていることも多い。
図書室で出会って騒がれるよりは、先に挨拶をしておこうと思ったのだけれど。
小翼詰所に顔を出した瞬間、同僚のシスレイが「リーリア!」と歓喜の表情をうかべたので、しまったと思った。
「今日はお休みだったのに、参内してくれたのね!わたくしたちの願いが神様に届いたのかしら」
「……わたくし、図書室で調べものをしたくて参内したのですけれど」
「あぁ、リーリア。意地悪を言わないで。シャナル王子にまた魔力充をお願いしなくちゃいけないのよ。リーリアのお願いだったら、王子も聞いてくれるでしょう?」
両手を胸の前にくんで、祈るようにシスレイはわたくしを見つめてきた。
期待に満ちた視線で見つめられても、わたくしの答えは決まっている。
王城なのに「参内」っておかしいですが、生暖かくスルーお願いします。