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「聞くのも辛い話だろうが、二人がそう言ってくれてよかった。リーリア、この話は私も最近まで知らなかったんだ。イプセンが遠い国だというのもあるが、アリッサ姫が亡くなられた事情が事情だ。イプセンでも事件のことを口外することは禁じられ、ガノジェはイプセンの国境沿いの山の私有化や盗賊行為などを理由に殲滅されていたんだ」
「……そうなんですか」
それはきっとロロシュ王の意向なのだろう。
愛娘の身を襲った痛ましい出来事を表ざたにしたくないと考える親は多い。
ガノジェを討伐する正当な理由が他にもあるなら、なおさらだ。
「ガノジェの残党は、もう殲滅されているんですのね……」
「ああ、事件から1年ほどで、全員が処刑されたらしい」
そのような悪辣な人間がこの世から滅ぼされたことは、喜ばしいと思う。
けれど4年も前に彼らが全員この世を去っているのに、今頃アリッサ王女の身を襲った出来事が漏れ伝わってきているというなら。
それは、ガノジェの残党が自分たちの悪事を喧伝してまわった結果、それが広まったのではないのだろう。
ロロシュ王が口止めしたにも関わらず、その奇禍を知るほど王の近くにいた誰かが口止めを破り、語り始めた可能性が高いということだ。
それはすなわちイプセン国がそれほどに荒れているということを示している。
「なぜ……、イプセン国はそんなにも荒れてしまったのでしょう」
ロロシュ王が変貌されたといっても、国を支えているのは王だけではない。
イプセンにも、貴族も礼族もいるのだ。
そんなにも国が荒れる前に、なぜロロシュ王をいさめ、国を思うお心を取り戻せなかったのか。
あるいは王のお心を変えることは難しかったのなら、ロロシュ王を退位させ、別の王をたてるべきだったはずだ。
貴族や礼族がその責務を果たせば、王の首をすげかえることは可能なはずだ。
なのになぜ、ロロシュ王を抱いたまま私欲に走るような人間へと、彼ら自身が変貌してしまったのだろうか。
思いつくままに疑問を口にすると、お兄様は静かにおっしゃった。
「私にもわからないんだ、リーリア。ただ異常な事態がイプセンで起こっているのは、確かだ。エミリオが教えてくれた海賊ラジントンというのも、そのひとつかもしれない」
昼食はすでに食べ終わっていたけれど、わたくしたちはしばらく無言でそこにとどまっていた。
誰もがイプセン国やロロシュ王について考えを巡らせ、また辛く悲しい現実を受け止めるために、同じ思いを抱いているだろう人と一緒にいたかったのかもしれない。
後で考えれば、この昼食が、エミリオを弟に迎えて初めて兄弟3人でいただいた食事だった。
そしてこの席で、わたくしは初めて海賊ラジントンの名を聞き、ロロシュ王とアリッサ王女の奇禍を知り、イプセン国の異常を知った。
後にそのことに気づいた時、まるで運命がわたくしたち兄弟に、これから起こる出来事を予告してくれていたようだと思った。
……その前日に、わたくしが前世の記憶を取り戻したのさえ、後で考えれば、神様のお導きのようだった。
けれどこの日のわたくしたちは、まだ多くのことを知らなかった。
わたくしが運命の予告めいたこの偶然の一致に気づくのは、すべてが終わったずっと後のことだった。
プロローグ部分は、これで終わりです。
次からはしばらくまったりモードの予定。
3000字くらいの短編の予定でしたが、枝葉部分が長くなりすぎて、予定が狂いまくりです。