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彼の笑顔が、ひどく無防備だったからだろうか。
わたくしはエミリオのその笑顔に、お父様に似た余裕を感じた。
わたくしはハッセン公爵の娘として、常に自分がどう振る舞うべきかを意識している。
貴族として生きるには自らを律する態度が必要不可欠だと、子どものころから教え込まれているからだ。
けれど、本当のところは、常に自分がどう振る舞うべきか意識して行動しなければ、自分はこの家の娘としてふさわしくない行動をとるだろうと自覚しているからでもある。
あんなに優秀なお兄様でさえ、自らの言動がその立場にふさわしいかどうかを常に意識し、自戒していらっしゃる。
きっと他家の貴族の子どもたちも、同様だろう。
みんな口には出せないけれど、いつもいつも自分の能力を周囲から測られていることを忘れることなどできないのだ。
それが貴族であることの重み。
そして、まだなにも世間に誇れる実績をもたないわたくしたちは、たとえ優秀だと誉めそやされても、その重圧を受け流す余裕などない。
なのにエミリオは、なんだかごく自然体で、自分を糊塗するところがないように見える。
……笑顔ひとつで、考えすぎかしら。
けれど自分をよく見せようとして訓練された表情を浮かべることに慣れたわたくしには、エミリオの無防備な笑顔は、なんだか印象的だった。
庶民の子というのは、みんなこういうものなのかしら。
それともエミリオが特別なの?
わからないけれど、急に、前世のわたくしがエミリオに夢中だった理由がわかった気がした。
異性としてわたくしがお慕いしているのはお兄様で、その気持ちに揺るぎはないけれど、エミリオは誰かが夢中になって愛するにふさわしい人間的魅力のある少年だ。
そんな彼を弟として迎えられたのは、とても嬉しい。
お父様はエミリオの魔術量だけでなく、こういった気質も認めて、彼を我が家へと招いたのかもしれない。
「好きな人とご結婚できるなんて、お姉様は幸せな方ね」
ごく普通のあいづちのつもりだったのに、わたくしの言葉はずいぶん羨まし気に響いた。
わたくしもお兄様と結婚できたら、どんなに幸せかしら。
図々しい妄想だけど、結婚という言葉を聞けば、考えずにはいられない。
「リアも、幸せな結婚をするだろう。リアのようにかわいく優しい少女に好かれて、心惹かれない男なんていないからね」
わたくしの声音にひそむ羨望を察して、お兄様が慰めるようにおっしゃってくださる。
心惹かれない男はいないって、お兄様も同じように感じてくださるのかしら。
わたくしが結婚したいのはお兄様です、なんて口に出しては言えないけれど。
「ありがとうございます、お兄様。お兄様にそう言っていただけるだけで、わたくしは幸せですわ」
赤くなる頬を手で押さえつつ、お兄様の顔を見つめる。
するとお兄様もわたくしの目を見て、にっこりと笑ってくださった。
「……えっと、俺、また存在を忘れられてません?」
「そんなことありませんわ!」
呆れたように口をはさむエミリオの言葉を、即座に否定する。
けれど本当のところは、また一瞬、エミリオの存在を忘れていた。
「兄の座ったソファの匂いを嗅ぐ女が、常に貴族としてあるべき姿を意識して行動しているとか語っている……!」とか
「取り繕った表情をうかべるのは慣れている?すぐ赤くなって、エミリオの存在も忘れるくせに?」という突っ込みは、リーリアの独白のため不在です。