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ゲームの世界では、能力のある人間を貴族や礼族が養子として迎えて、自分たちの跡継ぎとして鍛えるという概念がなかった。
だからだと思うけれど、貴族や礼族の養子である人間がほとんど描かれていなかった。
攻略対象であるお兄様とエミリオだけが、ハッセン公爵家の養子だと描かれていただけだ。
けれどこちらの世界では、貴族と遜色のない実力をもつ子どもが、カールセン学院に入学可能となる15歳まで庶民として育つことは滅多にない。
エミリオの14歳で養子に入るというのも、ずいぶん遅いなと驚いたものだ。
養子に迎えるのが遅くなればなるほど教育期間が短くなるので、できれば礼式が終わってすぐに自家の養子にするほうが普通なのだ。
でも、だったらヒロインは、どうして「庶民」として学院に入学するのかしら。
もちろん貴族の家に養子に入るのは強制されることじゃないし、庶民の間では「力ある者は国に対してその能力を捧げるのが義務だ」という貴族や礼族の子どもなら当然ある意識も薄いと聞く。
だから産みの親や実家から離れたくないという理由で、ヒロインが貴族としての教育を拒否したのかもしれないけれど……。
ゲームでのヒロインは、かわいらしくて努力家の少女として描かれていたものの、攻略対象であるお兄様たちに比べ、描かれていた情報は非常に少なかった。
だから彼女の背景については、想像するしかない。
「エミリオは、どうしてハッセン公爵家に養子に来てくれるつもりになったのかしら」
お父様はエミリオについてあまりお話してくれなかったので、聞いてもいいものか迷いつつ、エミリオ本人に尋ねた。
なにか複雑な事情があってのことだったら、エミリオの心を傷つけてしまうかもしれない。
心配しながら尋ねたのだけれど、エミリオは屈託なくフライドポテトを口に運びながら、
「きっかけは姉が結婚したからです。身内を自慢するようでお恥ずかしいのですが、姉はなかなかの美人で、ヘンな男が寄ってきていたから、俺が護衛してたんですよ。けどねーちゃ…姉もこのたびめでたく結婚したので、以前からお誘いいただいていたハッセン公爵に養子にしていただいたんです」
お父様ってば、わたくしたちに内緒で、以前からエミリオに声をかけていたのね。
わたくしはお兄様がショックを受けていらっしゃらないか心配で、そっとお兄様の表情をうかがう。
けれどお兄様は冷静な表情で、水を飲んでいらした。
わたくしは安堵して、
「お姉さま、ご結婚なさったんですのね。おめでとうございます」
「ありがとうございます。義兄は小さなころから姉を好いてくれていた誠実な男で、姉も慕っていた男なので、俺としても安心してこちらへ伺えました」
エミリオはいたずらっぽく笑う。
顔をくしゃっとして笑うその笑顔は普段よりも子供っぽいのに、そうして笑うエミリオには、わたくしがこれまで見たことのない種類の余裕を感じる。