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お父様がお帰りになったのは、お兄様が読んでいらした本をちょうど読み終わられたころだった。
予定よりも、ずっと遅い時刻。
なにかあったのかと不安を抱き始めていたので、窓から馬車の光が見えた時は、ほっとした。
「お帰りなさいませ、お父様」
侍女の先導もまたず、わたくしとお兄様は連れ立って、玄関ホールまでお父様をお迎えに行く。
すると従僕と話していたお父様は、わたくしたちに気づいてにっこりと笑ってくださった。
「ただいま、リーリア。ガイ。遅くなってすまなかったね」
やわらかな笑顔は、武で名高いハッセン家の当主とは思えないほど穏やかで優しい。
戦いの場ではとてもお強いそうだけど、わたくしの前ではいつもお優しいお父様。
物心つく前にお母様を亡くしたわたくしが、ほとんど寂しさも覚えずに育ったのは、お父様の深い愛情のおかげだと思う。
わたくしはお父様に笑顔をかえし、お父様の隣にたつ少年に目を向けた。
「お父様、こちらが……?」
「ああ。今度我が家に迎え入れることになった子だよ。名前は、エミリオ。リーリアよりひとつ年下の14歳だ」
お父様にうながされて、わたくしは少年の目の前に立つ。
と、その瞬間、ぐらりと視界がゆがんだ。
「リア?」
一瞬、目を閉じてしまったわたくしを、お兄様が気づかわし気に呼ぶ。
そっと肩を抱いてくださったお兄様に甘えて、わたくしはお兄様の腕によりかかりながら、改めて義弟を見ようとした。
エミリオは、かわいらしい少年だった。
14歳という年齢にしては、大きいほうだろう。
身長はわたくしより少し大きくて、のびやかな手足はまだまだ成長期の途中だと示すようにどこかアンバランスだ。
けれど健康的に鍛えられた体躯と、全身にみなぎる活力が、彼をいきいきと見せていた。
わたくしと同じ金の髪に、青い目。あどけなさの残る頬。
緊張しているのだろうか、唇はかたく結ばれている。
(この子…、どこかで見たような?)
エミリオの顔を眺めると、奇妙な既視感を覚えた。
お父様からすこしだけ聞いたエミリオの出身は、庶民の中でも下層の家だった。
公爵家の令嬢として暮らすわたくしは、彼の生家の近くにすら行ったことはないはずで、彼に見覚えなんてあるはずはないのに。
そう気づくと、わたくしの胸の中を、得体のしれない恐怖がうかびあがる。
でも、そんな自分の正体不明の不安だけで、初めて会う義弟に悪印象を残すわけにはいかない。
つとめて穏やかに笑いかけようとした。
けれど。
ぐらり、ぐらり。
目の前が揺れる。
その揺れは次第に激しくなって……、
「リア!」
お父様とお兄様の悲鳴のような声をききながら、わたくしは意識を失ってしまった。