ユリウス王子-1
ぎこちない笑みをうかべて、リーリア・ハッセンが礼を言う。
一瞬、なんの礼を言われているのか、わからなかった。
「……いや。それより、鼻はだいじょうぶなのか?」
ハッセン公爵の代表者としての、彼女の言動を注意したことへの礼だと、すぐ思い出す。
しかし、……それより、彼女の鼻のほうが気になる。
年下の少女の頭をこづいて、鼻血まで流させてしまったのだ。
申し訳なくて、いたたまれなさすぎる。
言い訳になるが、俺の周りは女でもかなり暴力的コミュニケーションに慣れたやつが多くて、ちょっと頭をこづいたりこづかれたりされるのは、日常茶飯事だ。
王城から離れていた留学中は特にそんな感じだったので、普通の少女への対応なんてすっかり忘れていた。
あんなにかるくつついただけで、流血沙汰になるとは……。
リーリア・ハッセンは、見るからに華奢で小柄な少女だ。
とはいえ、ハッセン公爵家の娘で、かなり鍛えていると聞いていた。
ちょっとつついたくらいで、机に頭をぶつけるほどのことになるとは、本当に想定外だったのだ。
いや。これも言い訳だな。
リーリア・ハッセンは、俺の言葉にきょとんと眼を丸くした。
あどけない表情に、胸が痛くなる。
青く澄んだ目から視線をそらし、凝視してしまうのは彼女の鼻の下。
きれいに血は拭われているが、よくよく見ると鼻の横にもすこし血が残っている。
「まだ血がついている」
「あ……」
「じっとしていろ。私が浄めよう」
先ほどリーリア・ハッセンがしていたように、水差しの水を手にとる。
ぬれた指先で鼻を洗い、ハンカチでふき取る。
血は、かたまってきているのだろうか。
なかなかきれいに取れない。
といって、ぎゅうぎゅうと彼女の鼻をこすったら、また鼻血がでるかもしれない。
左手でリーリア・ハッセンの顎をおさえ、丁寧に鼻をふききよめる。
うん、こう固定すれば、ふきやすいな。
鼻の横についた血は、綺麗に落ちた。
満足して、じっと彼女の顔を見る。
……よし、もうどこにも血は残っていないな。
リーリア・ハッセンはいつのまにか目を閉じていた。
あのやたらまっすぐな視線にそらされないので、思わずまじまじと彼女の顔を見る。
こうしてじっくりとみていると、彼女の顔が意外に整っていることに気づく。
頬のまるみはまだ幼いが、ぷっくりと色づいた唇は意外に色気がある。
……こうして見ていると、意外にかわいいじゃないか。
すくなくとも、俺はけっこう好きだ。
とてもじゃないが、「王城の三大がっかり」なんて言われている少女には見えない。
まぁ、あれは期待値が高すぎたってやつなのかもしれないが。